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何故、渋沢栄一が開発した田園調布3丁目(2丁目の一部を含む)には神社が全くなく、田園調布1丁目には神社が多くあるのか?~田園調布1、2丁目~田園調布散策・新シリーズ(9):福徳商店街

前回の「浜崎あゆみの自宅など著名人の自宅を探訪~~田園調布4.5丁目~田園調布散策・新シリーズ(8)」は「芸能人・著名人の自宅を探訪しながら田園調布4、5丁目散策サブシリーズ」の最終回でした。

今回は「「田園調布1,2丁目散策サブシリーズ」の第1回目の記事となります。第1回目の記事では、渋沢栄一が開発した「超」高級住宅街である田園調布3丁目(2丁目の一部を含む)との違いを「神社」という視点で考察します。

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なお、「田園調布散策・新シリーズ」では、以下のようなサブシリーズと番外編があります。



(4)「田園調布1,2丁目散策サブシリーズ」(3回にわたり散策)




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(※)私の個人的な考えをまとめた記事として「日々思うことのカテゴリ」がありますので、ご関心のある方はこちらをご覧ください

(※)その他のカテゴリとしては以下のものがあります(投資関係を除く)。


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X(旧ツイッター)でも配信しています。




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本ブログ掲載の写真が、他サイトで出典を明記せず無断引用される事例が多発していますが、本ブログ掲載の写真は(出典が明記されているものを除いて)全て私が現地に赴いて撮影したオリジナルの写真です。


(田園調布1丁目、2丁目の特徴①:平坦な土地)


前回の「芸能人・著名人の自宅を探訪しながら田園調布4、5丁目散策サブシリーズ」で散策した田園調布4,5丁目は高低差が大きく急峻な坂の多いエリアでしたが、

田園調布1.2丁目は(せせらぎ公園の高低差のある崖(国分寺崖線))を除けば平坦な台地に広がる街となっています。(下の写真)
田園調布1,2丁目 ジオラマ 田園調布108-1
(野川流域インフォメーションセンター)


平坦な台地に広がっている街という点では、成城の地形と似たエリアです(「成城散策・新シリーズ(1)~プロローグ~成城概観」を参照)。




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(田園調布1丁目、2丁目の特徴②:商店街)


田園都市株式会社が開発した田園調布では田園調布駅の東側(田園調布2丁目及び3丁目の一部)に商店街を配置しました(下の写真)。
田園調布商店街 当初の計画 田園調布108-1
(出典:大田区郷土資料館の資料を筆者が加工)


田園調布2丁目から1丁目に通じる「六間通り」には、
六間通り 田園調布108-1


東京でよく見かけるような、ごく普通の商店街が広がっていて、
2丁目の商店街1 田園調布108-1

2丁目の商店街2 田園調布108-1




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「福徳商店街」には、
福徳商店街2 田園調布108-1

福徳商店街1 田園調布108-1


古くからある古書店や洋服店などがあります(田園調布に唯一あった古書店「田園りぶらりあ」は残念ながら閉店しました)。
洋服店 田園調布108-1

古書店 田園調布108-1




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(田園調布1丁目、2丁目の特徴③:神社、祠)




(1)田園調布3丁目には日本古来の信仰対象である「神社」や「庚申塔」が全くない

1~5丁目まである田園調布の中で、豪邸が立ち並ぶ超高級住宅地である田園調布3丁目と2丁目の一部(渋沢栄一が設立した田園都市株式会社が欧米の都市計画を取り入れ開発した住居区域(※))には


神社を見ることは全くなく、あるのはキリスト教関係の教会(及び教会が運営する幼稚園)のみであること。


(※)下の写真は、渋沢栄一が参考にした、イギリスの都市計画家「エベネーザー・ハワード」の著作「明日の田園都市」の挿絵。
エベネーザー・ハワード」の著作「明日の田園都市」の挿絵 田園調布108-1
(出典:Wikipedia)




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(2)その背景には当時の日本を指導するエリートたちの「欧米文化への傾倒」、逆に言えば「日本文化に対する軽視」があったのではないか

渋沢栄一や息子の渋沢秀雄などが目指した田園調布は『欧米の「田園都市」を手本にした住宅地開発構想』で、当時の日本を指導するエリートたちの「欧米文化への傾倒」、逆に言えば「日本文化に対する軽視」がこのような状況をもたらしたのではないかと私は考えています。

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これに対し、田園都市株式会社が住居地区としての開発対象区域から外れた田園調布1丁目(及び2丁目の一部)には、

神社本庁には登録されていないような、小さなコミュニティーに守られている神社・祠が多く残されています。


これら神社・祠を記録のため下記に列挙します。


なお、田園調布1丁目にある、下沼部村の鎮守社であった「浅間神社」(神社本庁に登録された神社)については、次回の記事で詳しく述べますが、この「浅間神社」には開発前に田園調布3丁目にあったかもしれない神社・祠が奉遷されている(移されている)可能性があります。




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(田園調布1丁目(及び2丁目の一部)にある神社・祠一覧)


①東稲荷:大田区立東稲荷児童遊園が併設されています(大田区田園調布1-1-26)
東稲荷1 田園調布108-1

東稲荷2 田園調布108-1

東稲荷3 田園調布108-1


②伏見稲荷神社:閑静な住宅地の中に鎮座しています(大田区田園調布1-35-8)
伏見稲荷神社1 田園調布108-1

伏見稲荷神社2 田園調布108-1

伏見稲荷神社3 田園調布108-3




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③大天稲荷宮:閑静な住宅地の中に鎮座しています(大田区田園調布1-33-19)
大天稲荷宮1 田園調布108-1

大天稲荷宮2 田園調布108-1

大天稲荷宮3 田園調布108-1


④西守稲荷:田園調布1、2丁目の神社の中では最も立派で、由緒書きもありました(大田区田園調布1-26-26)。
西守稲荷1 田園調布108-1

西守稲荷2 田園調布108-1

西守稲荷3 田園調布108-1



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⑤出世稲荷:大田区立出世稲荷児童公園が併設されています(大田区田園調布2-10-13)。この稲荷社は渋沢栄一の開発した田園調布の範囲外に位置しています。
出世稲荷1 田園調布108-1

出世稲荷2 田園調布108-1

出世稲荷3 田園調布108-1

出世稲荷4 田園調布108-1


次回の記事では、旧下沼部村の鎮守社であった多摩川浅間神社を訪れ、田園調布3丁目にあった神社がどこに行ったのかを考察し、さらに石原慎太郎は何故田園調布1丁目に住み続けたのかを推論します。


(※)私の個人的な考えをまとめた記事として「日々思うことのカテゴリ」がありますので、ご関心のある方はこちらをご覧ください


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カツQ

Author:カツQ

リタイアして8年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に東京散歩と株式投資で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。

東京散歩は健康維持も兼ねながら、歴史や地形・古道・暗渠を通して見た街角散をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。

X(旧ツイッター)にも投稿しています。X(旧ツイッター)のリンク先は、https://twitter.com/QQkatsu525

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