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後藤田正純・水野真紀夫妻など芸能人・著名人の自宅を探訪~田園調布4.5丁目~田園調布散策・新シリーズ(7):アイチ社長の自宅/アサガミ社長の自宅/フランフラン創業者社長の旧宅/庵谷古墳/吉川家住宅/庚申塔のトマソン


大田区田園調布4、5丁目には急坂が多いことを述べた後、五木ひろし、高峰三枝子の自宅を探訪し、石坂洋二路の小説「陽のあたる坂道」のロケ現場を考察しました。

今回の記事では、大田区田園調布4、5丁目の見どころを散策した後、後藤田正純・水野真紀夫妻、アイチ社長の自宅、アサガミ社長の自宅、フランフラン創業者社長の旧宅を探訪します。

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なお、「田園調布散策・新シリーズ」では、以下のようなサブシリーズと番外編があります。




(4)「田園調布1,2丁目散策サブシリーズ」(3回にわたり散策)




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(※)他の芸能人・著名人関係の記事については、「芸能人・著名人関連のカテゴリ」がありますので、ご関心のある方はこちらを御覧ください。

(※)その他のカテゴリとしては以下のものがあります(投資関係を除く)。



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X(旧ツイッター)でも配信しています。



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本ブログ掲載の写真が、他サイトで出典を明記せず無断引用される事例が多発していますが、本ブログ掲載の写真は(出典が明記されているものを除いて)全て私が現地に赴いて撮影したオリジナルの写真です。


(吉川家住宅)


大田区田園調布3丁目にある2つの登録有形文化財については、「ドトール社長、トヨタ自販社長、ヤンマー社長、興和社長の自宅を探訪~田園調布3丁目~田園調布散策・新シリーズ(4)」でご紹介しましたが、


田園調布4丁目にも登録有形文化財の吉川家住宅があります(大田区田園調布4-21-16)。


塀や木々に覆われて一部しか見えませんが、その吉川家住宅です。
吉川家住宅1 田園調布107-2

吉川家住宅2 田園調布107-2


田園調布3丁目にある2つの登録有形文化財の家と同じく居住者がいるので、見学はできず外観を見ることができるだけです。




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(住宅地の中の古墳:庵谷古墳(西岡第19号古墳)、西岡31号古墳)


田園調布4丁目にある多摩川台公園には、国の史跡に指定され、都内の代表的古墳でもある「亀甲山古墳」(かめのこやまこふん/きっこうやまこふん。下の写真)など多くの古墳がありますが、
亀甲山古墳 田園調布107-2


大田区田園調布4、5丁目には、住宅地の中にも(説明版もなく、住宅の中に溶け込んでいるので、分かりづらいのですが)古墳があります。


下の写真は、田園調布5丁目にある「庵谷(いおりや)古墳(西岡第19号古墳)」。以前は空き地だったのですが、最近、住宅が建てられました。
庵谷古墳1 田園調布107-1


同じく田園調布5丁目にある「西岡31号古墳」(大田区田園調布5丁目3-2)。この古墳からは石製の腕輪である石釧(いしくしろ)が出土しています。
西岡31号古墳 田園調布107-2




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(田園調布八幡神社①:川を渡ってお参りする)


大田区田園調布5丁目には「田園調布八幡神社」があります。鎌倉時代の慶長年間に創建されました。
田園調布八幡神社1 田園調布107-2

田園調布八幡神社2 田園調布107-2




伊勢神宮もそうですが、神社をお参りする際に、川を渡ることにより身を清める風習があったそうで、

田園調布八幡神社にお参りするには丸子川(六郷用水)に架かる八幡橋を渡らなければならないので、この神社が古い神社であることを窺わせます。
田園調布八幡神社 八幡橋 田園調布107-2 




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(田園調布八幡神社②:篭谷戸と上沼部村)


田園調布八幡神社の鳥居の脇に画びょうで止められただけの紙の由緒があるのですが、
田園調布八幡神社 由緒1 田園調布107-2


非常に重要なことが書かれていますので、長文になりますが以下掲載します(太字は筆者)。

創建
 田園調布八幡神社の創建は鎌倉時代の建長年間(西暦1249〜1256)と伝えられる。この時代、鎌倉幕府は執権の北条氏が実権を握り、国内基盤固めを行っていた。各地で武士達はもとより村人達も幕府に忠誠を尽くす意味もあり、源氏の氏神を祀る八幡信仰が盛んで、多くの八幡神社が建てられた。
 当時、この村の西側、現在の雙葉学園南側の盆地は篭谷戸(ろうやと…今もそう呼ぶ年配者もいる)と呼ばれる入江で、多摩川の水が滔々と打ち寄せる自然の良港であり、物資を積んだ舟が盛んに出入りしていた。また、この村の高台部分には東より西へ貫いて鎌倉街道が通り、篭谷戸の港に接続していた。港を中心としてこの一体には多くの鎌倉武士が駐屯し、鎌倉街道の要衝の地となっていた。そして、この八幡神社の地は港の入口に突き出した台地で、舟の出入りを監視できる重要な場所であった。鎌倉武士はその重要な場所に祠を建て、八幡神社を勧請した。以来、この八幡神社の地は聖地となり、人々に崇められてきた。
中興
 天正十八年(西暦1590)小田原北条氏滅亡後、八王子城主、北条氏照の旧臣、落合某がこの村に庵を結び、主家の冥福を祈った。そして、寛永年間(西暦1624〜1644)、落合某の孫、落合弥左衛門らによりこの聖地に新たな社殿が創建され、ご神体が祀られた。
 江戸時代、この神社は武蔵国荏原郡世田谷領上沼部村に属し、明治中期の四村合併まで村社であった。寛政四年(西暦1792)には、この村の知行主となった神谷縫之助も氏神とするなど、今日まで常にこの地域の人々の心の拠り所として崇敬されて来たのである。


2つ目の太字部分は、この神社は上沼部村に属し、村の鎮守社であったことが書かれています。
田園調布八幡神社 由緒2 田園調布107-2


参考までに、「田園調布は寒村だった荏原郡上沼部村が原点~田園調布散策・新シリーズ(1)」で掲載した明治期の地図と現在の田園調布の範囲を示した地図を再掲します。
現在の田園調布の範囲 田園調布プロローグ
(出典:「XWIN Ⅱ Weblog」を筆者が加工)


「大東建託、ダイエー、長瀬産業、帝国ホテル社長の自宅を探訪~~田園調布3丁目~田園調布散策・新シリーズ(4)」で訪れた「宝来公園」には田園調布3丁目が「下沼部村」に属していたことを記した碑がありましたが、


田園調布が以前は上沼部村、下沼部村(の一部)であったことを記した説明版は私の知る限り、宝来公園と田園調布八幡神社にあるこの2つと田園調布1丁目にある浅間神社の3つのみです。




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(田園調布八幡神社③:雪谷八幡神社との関係)


上記のことについて、田園調布八幡神社で話を聞こうと社務所を訪れたのですが神職は常駐ではないようで誰もいませんでした。


調べてみると「田園調布八幡神社」は「雪谷八幡神社」の兼務社となっていることが分かりました。


大田区雪谷(石川村)は田園調布5丁目(上沼部村)から離れた場所にあり、なぜ兼務社となっているのか不思議でしたが、


雪谷八幡神社の宮司北川家の一族の方が明治期に上沼部村と石川村両村の村長になったことがあるので、この関係で雪谷八幡神社の兼務社になったものと思われます。




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(昭善寺と庚申塔:トマソン)


「田園調布八幡神社」の隣には、静かな佇まいの「照善寺」があります。
昭善寺1 田園調布107-2

昭善寺2 田園調布107-2


そして、丸子川を挟んで「照善寺」の前にある民家の壁の中に「庚申塔」がはめ込まれています。
庚申塔1 田園調布107-2

庚申塔2 田園調布107-2


拡大した写真です。
庚申塔3 田園調布107-2


たまたまお会いしたこの民家の方に伺ったところ、「この家に住む前からあったので、その由来は分からない」とのことでした。


渋沢栄一が欧米の都市計画を取り入れ人工的に開発した、キリスト教関係の施設しかない(寺社が全くない)田園調布3丁目では見られない光景でした。


トマソン(下記(注)参照)のような光景でした。

(注)Wikipediaによるトマソンの説明です(一部抜粋)。
不動産に付属し、まるで展示するかのように美しく保存されている無用の長物。存在がまるで芸術のようでありながら、その役にたたなさ・非実用において芸術よりももっと芸術らしい物を「超芸術」と呼び、その中でも不動産に属するものをトマソンと呼ぶ。

トマソンについては、『「清水圭・香坂みゆき夫妻、小宮悦子の自宅」と「八雲氷川神社」を探訪しながら散策~八雲・東が丘・駒沢散策(2)』でご紹介した、塀に残った階段跡(下の写真)も参照ください。
トマソン1 八雲・東が丘・駒沢散策2




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(後藤田正純・水野真紀夫妻の自宅)


大田区田園調布4丁目には後藤田正純(徳島県知事、元衆議院議員)・水野真紀夫妻の自宅(二世帯住宅)があります。
後藤田正治・水野真紀夫妻の自宅1 田園調布107-2

後藤田正治・水野真紀夫妻の自宅2 田園調布107-2


後藤田正純・水野真紀夫妻の自宅の入口にある
後藤田正治・水野真紀夫妻の自宅 入口 田園調布107-2


表札には小さな文字の「後藤田」と大きな文字の「河野脇」(えのわき)の表札があります。
後藤田正治・水野真紀夫妻の自宅 表札 田園調布107-2


(水野真紀の旧姓は「江野脇 由紀」ですが)この家は後藤田邸ではなく水野真紀の実家の河野脇邸の二世帯住宅であることが表札からも分かります。


(※)他の芸能人・著名人関係の記事については、「芸能人・著名人関連のカテゴリ」がありますので、ご関心のある方はこちらを御覧ください。

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参考記事:本ブログで掲載した政治家の自宅に関する記事は以下の通りです。










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(アイチ元会長の自宅)


田園調布5丁目には、「マムシ」「地上げの帝王」「ヤミ金の帝王」など数々の異名を持つ大手ノンバンク・アイチの森下安道元会長の邸宅があります。
アイチ元会長の自宅1 田園調布107-2


森下音会長は、田園調布にベルサイユ宮殿風の豪邸を建て、
アイチ元会長の自宅2 田園調布107-2


自身が買収したゴルフ場に、この邸宅から自家用ヘリで向かっていたそうです。世界でただ一人「トランプタワー」を買い占めた日本人でもあります。


バブル崩壊の煽りを受けアイチは事実上倒産しましたが、絵画ビジネスなどを手掛けて、田園調布5丁目にあるこの邸宅に住み続け、住み込みのお手伝いさんやお抱え運転手もいたそうです。

入口には
アイチ元会長の自宅 入口 田園調布107-2


「Morishita」と書かれた表札がありました。
アイチ元会長の自宅 表札 田園調布107-2




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(アサガミ社長の自宅)


同じく田園調布5丁目には半世紀以上の歴史をもつ総合物流会社アサガミの木村知躬社長の邸宅があります。
アサガミ社長の自宅1 田園調布107-2

アサガミ社長の自宅2 田園調布107-2


入口には
アサガミ社長の自宅 入口 田園調布107-2


「木村知躬」と書かれた表札がありました。
アサガミ社長の自宅 表札 田園調布107-2




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(Francfranc(フランフラン)創業者・高島社長の自宅)


Francfranc(フランフラン)は、20代~30代の女性を中心に人気のあるインテリアや雑貨の小売販売をしている企業ですが(下の写真は二子玉川にあるフランフランの店舗)、
フランフラン 二子玉川店 田園調布107-2


そのフランフラン創業者の高島社長の旧宅は田園調布4丁目にあります。現在は売却され別の方が住んでいます。
フランフラン社長の自宅1 田園調布107-2

フランフラン社長の自宅2 田園調布107-2


(※)他の芸能人・著名人関係の記事については、「芸能人・著名人関連のカテゴリ」がありますので、ご関心のある方はこちらを御覧ください。

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次回の記事は、田園調布4、5丁目散策サブシリーズの最終回として、引き続き芸能人・著名人の自宅を探訪します。


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プロフィール

カツQ

Author:カツQ

リタイアして8年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に東京散歩と株式投資で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。

東京散歩は健康維持も兼ねながら、歴史や地形・古道・暗渠を通して見た街角散をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。

X(旧ツイッター)にも投稿しています。X(旧ツイッター)のリンク先は、https://twitter.com/QQkatsu525

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