【日本橋】金融と薬の中心地を歩く~日本橋室町・本町・本石町散策(3):日本銀行/常盤小学校
- 2023/09/28
- 17:55
前回の「【日本橋】日本橋の老舗店巡り~日本橋室町・本町・本石町散策(2)」では、日本橋にある全国的に知られた老舗店を散策しました。
今回は、この界隈にある日本銀行、製薬会社を訪れ、歴史的な背景を考えます。
(※)地域別(東京23区+近隣県)に分類した散策記事の一覧表として「【保存版】地域別(東京23区+近隣県)散策記事一覧」をご活用ください。
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(参考:今までの日本橋散策記事)
日本橋散策については、今まで、以下のような10のサブシリーズと1つの番外編を掲載してきました。
①「日本橋堀留町・小舟町散策サブシリーズ」:江戸時代に大変賑わい、浅草寺の大提灯にその名を今でも残している「日本橋堀留町・小舟町」散策(3回にわたり掲載)、
②「日本橋人形町二丁目・富沢町散策サブシリーズ」:花街や遊郭の名残を残す「日本橋人形町二丁目・富沢町」散策(3回にわたり掲載)
③「日本橋蛎殻町サブシリーズ」:水天宮や、東京シティエアーターミナルがある「日本橋蛎殻町」散策(2回にわたり掲載)
④「橋梁としての日本橋サブシリーズ」:橋としての日本橋を様々な視点から見た散策(3回にわたり掲載)
⑤(番外編)「見どころの多い中央区新川散策シリーズ」:日本橋と比べると存在感の少ない新川地区ですが、散策すると多くの見どころを見つけることができる新川地区を散策した番外編(6回にわたり掲載)
⑥「日本橋小伝馬町・浜町川跡・東日本橋散策サブシリーズ」:伝馬町牢屋敷跡、浜町川跡の暗渠散策、東日本橋界隈を散策(3回にわたり掲載)
⑦「日本橋小網町・人形町1丁目を散策サブシリーズ」:人形町にあった「元吉原」に通じる橋である「親父橋跡」、西郷隆盛屋敷跡などを散策しながらレストラン・カフェ巡り(2回にわたり掲載)
⑧「日本橋浜町→深川散策サブシリーズ」:日本橋浜町の散策と隅田川を渡って江東区深川を散策(3回にわたり掲載)
⑨「日本橋兜町・茅場町散策サブシリーズ」:東京証券取引所があり、日本の金融界の中心地である日本橋兜町・茅場町界隈を散策(3回にわたり掲載)
⑩「日本橋1・2・3丁目・八重洲散策サブシリーズ」:江戸時代から続く老舗店が多くある日本橋1・2・3丁目、江戸時代から続く町人(庶民)の街・八重洲地区を散策(4回にわたり掲載)。
⑪「日本橋室町・本町・本石町散策サブシリーズ」:最終回のサブシリーズとして、日本橋の中で最も華やかな地区である日本橋室町・本町界隈を散策します(4回にわたり掲載)。
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(コレド室町テラス)
令和元年(2019年)9月に三井不動産の再開発ビルとしてオープンした「コレド室町テラス」に行ってみます。
この「コレド室町テラス」にあるレストランの中で、
蕎麦と利き酒の「ソバキチ」(「日本橋・コレド室町テラスで蕎麦と利き酒を楽しんだ後は神社にお参り:ソバキチ/十軒店跡/福徳神社」)
を本ブログでご紹介したことがあります。
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また、このこの「コレド室町テラス」の地下鉄連絡出入り口前に十軒店跡(じっけんだなあと)の解説板があります。
江戸中期頃、武士の風習であった雛祭りが庶民の間でも広まりました。
五代将軍綱吉が、京都の雛人形師10人を招き、ここにお長屋10軒を与えて、3月、5月には節句人形が軒なみ飾られ、「十軒が十軒ながら公卿の宿」とうたわれたことから、この名がついたともいわれています。
前回の記事でご紹介した、「熈代勝覧(きだいしょうらん)」にも「十軒店」が描かれています。
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(海老屋美術店)
この「十軒店跡」については、「コレド室町テラス」近くの「海老屋美術店」脇にも置かれています。
「海老屋美術店」も延宝元年(1673年)に京都で創業以来、330余年続く老舗店です。
また、「海老屋美術店」は中央通りと「本町通り」(旧日光街道)の交差点にありますが、
この「本町通り」は江戸時代には大変賑わった通りであることは、「【日本橋】橋梁としての日本橋探索(1)」で書いたとおりです。
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(日本銀行)
次に、「日本銀行」に行きます(中央区日本橋本石町2-1-1-)。
旧館正面玄関入口の上部に、2頭のライオンが千両箱を踏みながら、日本銀行のマークを抱えた紋章があります。
欧米を視察した辰野博士が、欧州の宮殿、寺院などに王者のシンボルであるライオンをあしらった紋章飾りが多く使われていることを知り、これを取り入れたものであろうと言われています。
参考記事(1):永代橋近くにある日本銀行発祥の地については、「【新川】新川跡をたどる(暗渠散歩)~見どころの多い中央区新川を散策(3)」を参照。
参考記事(2):日本銀行のマークについては、「相棒「花の里」ロケ地と勝海舟邸跡を散策」を参照。
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(貨幣博物館)
日本銀行旧館の通りを隔てた向かい側に「貨幣博物館」があります(中央区日本橋本石町1丁目3−1)。
展示室は撮影禁止ですので、残念ながら室内の写真を掲載できませんが、
古代から現在に至るまでの「日本の貨幣史」、発掘された貨幣や、軍票、記念硬貨などが約4000点展示されています。また、1億円分の紙幣の重さを体験出来るコーナーもあります。
下の写真は撮影が許可されている室外にある「ヤップ島の石貨」。
(撮影は許可されています)
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(常盤小学校)
「貨幣博物館」から「常盤小学校」に行きます(中央区日本橋本石町4丁目4−26)。
明治6年(1873年)6月に官立小学校になりました。官立第一号の小学校としては、「 」でご紹介した日本橋 の「坂本小学校」が同じ明治6年の5月でしたから、「坂本小学校」とほぼ同時期にできた小学校です。
関東大震災後にできた復興小学校の校舎が現存しており、「近代化産業遺産」に指定されています。
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(製薬会社)
「【日本橋】江戸時代の名残を探索~日本橋堀留町・小舟町界隈散策(最終回)」でも書いたように、日本橋本町界隈には、日本を代表する製薬会社が多くあります。
下の写真は「第一三共株式会社」と「アスレラス薬品」。
江戸時代、五街道を旅する人たちが、旅の起点である日本橋で薬を買い求めるために、薬屋が多くあり、それが現在の製薬会社の起源かと、私は当初考えていたのですが、
そうではなくて、
徳川家康が江戸に幕府を開いた時に、薬に携わる商人(薬種商)をこの付近に集め、薬種問屋街に定めたことがその理由のようです。
このような歴史的経緯から、日本橋室町に「薬祖神社」があることは前回の「【日本橋】日本橋の老舗店巡り~日本橋室町・本町・本石町散策(2)」で書きました。
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(艶出専科 トラディショナル&モダーン)
中央通りに戻って、変わったヘヤーサロンの「艶出専科」に行きます(中央区日本橋室町3丁目3−3)。
「艶出専科」の横には、「江戸時代のちょんまげ」について精巧な模型と解説をしたショーケースがあります。
(※)地域別(東京23区+近隣県)に分類した散策記事の一覧表として「【保存版】地域別(東京23区+近隣県)散策記事一覧」をご活用ください。
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次回は、「日本橋散策シリーズ」の最終回となります。
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