八重洲地下街を散策~【日本橋】日本橋1・2・3丁目、八重洲散策(3):早矢仕有的
- 2022/12/13
- 13:23
日本橋高島屋などの老舗店や史跡を見てきましたが、
今回は八重洲地下街などを散策します。
(※)地域別(東京23区+近隣県)に分類した散策記事の一覧表として「【保存版】地域別(東京23区+近隣県)散策記事一覧」をご活用ください。
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(参考:今までの日本橋散策記事)
日本橋散策については、今まで、以下のような9つのサブシリーズと1つの番外編を掲載してきました。
①「日本橋堀留町・小舟町散策サブシリーズ」:江戸時代に大変賑わい、浅草寺の大提灯にその名を今でも残している「日本橋堀留町・小舟町」散策(3回にわたり掲載)、
②「日本橋人形町二丁目・富沢町散策サブシリーズ」:花街や遊郭の名残を残す「日本橋人形町二丁目・富沢町」散策(3回にわたり掲載)
③「日本橋蛎殻町サブシリーズ」:水天宮や、東京シティエアーターミナルがある「日本橋蛎殻町」散策(2回にわたり掲載)
④「橋梁としての日本橋サブシリーズ」:橋としての日本橋を様々な視点から見た散策(3回にわたり掲載)
⑤(番外編)「見どころの多い中央区新川散策シリーズ」:日本橋と比べると存在感の少ない新川地区ですが、散策すると多くの見どころを見つけることができる新川地区を散策した番外編(6回にわたり掲載)
⑥「日本橋小伝馬町・浜町川跡・東日本橋散策サブシリーズ」:伝馬町牢屋敷跡、浜町川跡の暗渠散策、東日本橋界隈を散策(3回にわたり掲載)
⑦「日本橋小網町・人形町1丁目を散策サブシリーズ」:人形町にあった「元吉原」に通じる橋である「親父橋跡」、西郷隆盛屋敷跡などを散策しながらレストラン・カフェ巡り(2回にわたり掲載)
⑧「日本橋浜町→深川散策サブシリーズ」:日本橋浜町の散策と隅田川を渡って江東区深川を散策(3回にわたり掲載)
⑨「日本橋兜町・茅場町散策サブシリーズ」:東京証券取引所があり、日本の金融界の中心地である日本橋兜町・茅場町界隈を散策(3回にわたり掲載)
⑩「日本橋1・2・3丁目・八重洲散策サブシリーズ」:江戸時代から続く老舗店が多くある日本橋1・2・3丁目、江戸時代から続く町人(庶民)の街・八重洲地区を散策(4回にわたり掲載)。
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(丸善)
前回の記事で訪れた「歌川広重住居跡」から「日本橋高島屋」方面に戻り、中央通りをはさんで「日本橋高島屋」の前にある大型書店「丸善」(下の写真)に行きます。
下の写真は丸善の夜景。
「丸善」は、明治2年(1869年)に横浜で創業した「丸屋商社」が起源となるので、日本橋にある老舗店の一つになります(下の写真は創業当時の横浜社屋)。
たいへん大きな店舗で、書籍の他に雑貨・装飾品、メガネ、時計なども販売しています。
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3階には、「ワールド・アンティーク・ブック・プラザ」があり、世界の貴重な古書を展示・販売しています。
15世紀の古書(価格:175万円)、
チャップリンのサイン入りの写真(価格:76万1000円)など多くの貴重な古書等がありました。
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同じく3階にはカフェがあります。
ハヤシライスを生み出したのは、丸善の創業者・早矢仕有的(はやし ゆうてき)との説明があり((注)ハヤシライスの起源については諸説あります)、
さまざまな種類のハヤシライスが提供されています。
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(ヤン・ヨーステン記念碑)
中央通りと八重洲通りの交差点内には、
八重洲の地名の由来となった「ヤン・ヨーステン」の記念碑があります。
ヤン・ヨーステンは江戸時代初期に日本に漂着したオランダ人で、徳川家康に信任され、江戸城の内堀内に居住し、日本人と結婚しました。
なお、後述しますが、八重洲地下街にも「ヤン・ヨーステン像」があります。
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この「ヤン・ヨーステン記念碑」を見て、八重洲通りを渡ると京橋地区に入りますが、
この「「ヤン・ヨーステン記念碑」のある交差点の京橋側には、
『「京橋千疋屋本店でランチ」と「LIXILギャラリー」「POLAミュージアム」』でご紹介した「京橋千疋屋」があります(下の写真)。
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(八重洲地下街)
このあたりには、巨大な「八重洲地下街」があり、あちこちに八重洲地下街への入り口があります。
通称「ヤエチカ」の八重洲地下街は、巨大な東京駅と地下で結ばれた、都内最大の売り場面積を有する地下商店街で、
様々な飲食店・雑貨店・衣料品店があり、
郵便局まであります。
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また、八重洲地下街に隣接する「東京駅一番街」には「東京キャラクターストリート」があり、
テレビ局のオフィシャルショップや人気キャラクターのショプが一堂に会しているエリアです。
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また、八重洲地下街には、八重洲の地名の由来となった江戸初期のオランダ人、ヤン・ヨーステンの記念像や、
八重洲の歴史を描いた錦絵を展示している場所もあります。
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(八重洲商店街)
外堀通り(中央区と千代田区の区境)の内側(皇居寄り)が大名屋敷の敷地で、外側は町人の町でした。
その名残は今でも残っていて、大名屋敷のあった内側は敷地が細分化されなかったため大きなビルが多く建設されていますが、
外側の町人地区は土地が既に細分化されていたので、今でも一杯飲み屋や小さな店舗が建ち並ぶ八重洲商店街となっています。
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(本ブログで紹介した料理屋)
この庶民的な八重洲地区には魅力的な料理店も多くあり、本ブログで紹介した料理屋としては以下のものがあります。
『「おでんの和食居酒屋でランチ」と「ハヤシライス元祖:丸善に行く」』で、おでんを中心にした和食料理「お多幸本店」
『【日本橋】「2回楽しめる海鮮丼を求めて長い行列」と「歌川広重住居跡」』でご紹介した、海鮮丼専門店の「つじ平」。
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次回の記事では、「日本橋1・2・3丁目、八重洲散策サブシリーズ」の最終回として、北町奉行所跡や迷子の碑などを見ていきます。
(※)地域別(東京23区+近隣県)に分類した散策記事の一覧表として「【保存版】地域別(東京23区+近隣県)散策記事一覧」をご活用ください。
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