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「石原良純の自宅」と「衾村の痕跡」~八雲・東が丘・駒沢散策(3)


「八雲通り」にある「八雲神社」と「清水圭・香坂みゆき夫妻の自宅」、「小宮悦子の自宅」を探訪しながら目黒区八雲を散策しましたが、

今回は、「石原良純の自宅」と目黒区にかつて存在した「衾村」(ふすまむら)を探訪します。


(※)他の芸能人・著名人関係の記事については、「芸能人・著名人関連のカテゴリ」がありますので、ご関心のある方はこちらを御覧ください。




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(正一位末廣稲荷神社:農村地帯だった証)


前回の記事で訪れた清水圭が経営する「STORAGE・柿の木坂コーヒー」の近くに、

「正一位末廣稲荷神社」という小さな神社があります(目黒区柿の木坂2-26-24)。
正一位末廣稲荷神社 八雲・東が丘・駒沢散策3


境内に置かれた由来には、
正一位末廣稲荷神社 由来 八雲・東が丘・駒沢散策3


「元禄中期頃(約三百年前)祈りをもって、大自然の恩恵を受けようとする行事により五穀豊穣と家内安全の神と敬い」云々と書かれています(太字は筆者)。

前々回の記事で、都立大学駅が高架駅になった理由として

『急こう配の「柿の木坂」を荷車に野菜などを積み都心に運んでいた地域の農民は、「坂の途中で荷車は止まれない」「事故が必ず起きると」大反対したため、計画が変更され立体交差となりました。』

と書いたように、

この界隈は江戸時代から近年に至るまで、江戸や東京都心に農作物を供給する農村地帯なのでした。




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(石原良純の自宅)


目黒区八雲地区界隈には、俳優・タレント・気象予報士など幅広く活躍している石原良純の自宅があります。
石原良純の自宅1 八雲・東が丘・駒沢散策3  石原良純の自宅2 八雲・東が丘・駒沢散策3


玄関には、大きく「石原」と書かれた表札がありました。
石原良純の自宅 表札 八雲・東が丘・駒沢散策3



下の写真は、上記記事でご紹介した父の故石原慎太郎の自宅。
石原慎太郎の自宅3 田園調布108-2


同じく、大きく「石原」と書かれた石原慎太郎の自宅の表札。
石原慎太郎の自宅 表札 八雲・東が丘・駒沢散策3


また、石原慎太郎の死後、この邸宅は解体・売却されましたが、下の写真は解体中の石原慎太郎の自宅。
石原慎太郎の自宅 解体工事中1 田園調布田園調布108-2


参考記事(1):自由が丘に近い八雲地区にある「八代亜紀の自宅」、「田原俊彦の旧宅」については、「【自由が丘】芸能人の自宅を探訪しながら自由が丘のレストラン・カフェ巡り(3)」を参照ください。

参考記事(2):同じ二世タレントとしてよく比較され、また共演もしている長嶋一茂の自宅については「高橋英樹、長嶋一茂の自宅を探訪しながら五反田駅界隈散策(2)」をご覧ください。


(※)他の芸能人・著名人関係の記事については、「芸能人・著名人関連のカテゴリ」がありますので、ご関心のある方はこちらを御覧ください。




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(衾村について①:自由が丘まで含む広い地域だった)


前回の記事で書いたように「八雲氷川神社」は「衾村(ふすまむら)」の鎮守社でした。

下の写真は、目黒歴史資料館に展示されている江戸時代の目黒区の地名で、左下に「衾村」があります。
目黒区 旧地名 八雲・東が丘・駒沢散策3
(許可を得て撮影しています)


「衾村」は現在の目黒区のうち環七通りの南側にあたる地域で、

今回散策している「八雲・東が丘地区」から「芸能人の自宅を探訪しながら自由が丘のレストラン・カフェ巡りシリーズ」で散策した「自由が丘地区」を含めた非常に広い地域にまたがっていました。




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現在の「自由が丘駅」は、従来の土地の名前をとって「衾(ふすま)駅」となるところでした。

東急電鉄は歴史を無視して駅名をつくる傾向があるのですが、

現在の自由が丘が発展した理由の一つに、斬新で開放感のある「自由が丘駅」の駅名があるのかもしれません(私は歴史的に由緒ある「衾駅」の方が好みですが・・・)。

なお、衾村の名主は『「スペアリブ発祥の店」と「王貞治の邸宅跡」』でご紹介した岡田家で、その長屋門が今でも残っています(下の写真。目黒区緑が丘1丁目16−24)。

岡田家 長屋門 八雲・東が丘・駒沢散策3




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(衾村について②:衾町公園、衾橋跡)


八雲地区には「衾村(ふすまむら)」の名をとどめるものとして、「衾町公園」があります(目黒区八雲5丁目7−2)。
衾町公園 八雲・東が丘・駒沢散策3


また、「呑川駒沢支流緑道」には、衾(ふすま)の地名のいわれとなった「呑川衾橋跡」があり、
呑川衾橋跡1 八雲・東が丘・駒沢散策3


下の写真のような説明版が置かれています。
呑川衾橋跡2 八雲・東が丘・駒沢散策3


この説明版には、「衾」の地名の由来として、

村の地形が、衾と呼ばれた夜衣の形に似ていた、

牛馬の飼料である衾の産地だった、

③   伏馬(ふすま)といわれた馬の病院があった

などの説があると書かれています。




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(都立大学駅から「呑川衾橋跡」までの地図)


第1回の記事で出発した「呑川衾橋跡」までの経路は以下の通りとなります。
吞川衾橋跡 地図 八雲・東が丘・駒沢散策3
(出典:「呑川駒沢支流緑道」に置かれた地図を筆者が加工)


また、「呑川衾橋跡」近くには「ふすま調剤薬局」がありました。これも衾村の痕跡と言っていいかもしれません。
ふすま調剤薬局 八雲・東が丘・駒沢散策




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(深沢ハウス)


なお、この「呑川衾橋跡」をさらに上流に進んでいくと、芸能人が多く住んでいる高級マンション「深沢ハウス」があり(「【深沢】谷原章介、長渕剛などの芸能人の自宅を探訪しながら桜新町・深沢・用賀を散策(3)」を参照ください)、
深沢ハウス 桜新町・深沢散策3


深沢ハウスからは、「サンクスネイチャーバス」という、無料のコミュニティーバスが自由が丘まで運行しています。
サンクスネイチャーバス 八雲・東が丘・駒沢散策


この「サンクスネイチャーバス」は植物性の廃食用油のリサイクル燃料を使っており、テレビなどでもよく紹介されています。

下の写真は、自由が丘にある「サンクスネイチャーバス」のバス停。このバス停は、『「【自由が丘】「民芸館のような蕎麦屋」と「海軍村」』でご紹介した「山久」の近くにあります。
サンクスネイチャーバス 自由が丘バス停 八雲・東が丘・駒沢散策




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(衾町の表札:衾村の痕跡)


また、八雲地区を散策しているときに、「目黒区衾町」と書かれた旧住居表示を掲げた家がありました。
目黒区碑文谷町の表札 八雲・東が丘・駒沢散策
(旧住居表示のため現在の場所を特定することは困難なことから全住所を開示しています)


この地域が「衾村」であったことを示す貴重な表札です。

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次回の記事では、目黒区八雲から東が丘を散策しながら、芸能界人の自宅を探訪します。


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プロフィール

カツQ

Author:カツQ

リタイアして8年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に東京散歩と株式投資で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。

東京散歩は健康維持も兼ねながら、歴史や地形・古道・暗渠を通して見た街角散をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。

X(旧ツイッター)にも投稿しています。X(旧ツイッター)のリンク先は、https://twitter.com/QQkatsu525

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