丸の内・八重洲のちょっと知らない史跡・見どころ(1)
- 2018/06/13
- 10:13
丸の内・八重洲は様々なサイトやガイドブックで紹介されていますが、余り知られていないと思われる史跡や見どころを私の独断と偏見でご紹介していきます(笑
「そんなところは有名で誰でも知っているよ」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、その場合にはご容赦くださいm(__)m
☆☆☆
(東京駅)
東京駅のようなメジャーなところが「ちょっと知らない」ではないだろうとお叱りを受けそうですが、ご紹介したいのは東京駅ではなく、東京駅を展望できる場所です(笑

私の知る限り、最も展望がよく、アクセスしやすいのは丸ビル5階のテラスです。上の写真はそのテラスから撮ったものです。

東京駅は元々皇居を向いた帝都中央停車場として造られましたので(当初は乗降口は丸の内側にしかなく、八重洲側にはないような状況でした)、丸の内からの眺めが最も見栄えが良いです。
(丸の内仲通りの街路樹)
東京駅を展望した後は、丸ビル裏にある「丸の内仲通り」に行ってみましょう。晴海通りから永代通りまでを結び、両側に街路樹を植えている美しい通りです。

この街路樹はケヤキを始めとする落葉樹林で、夏は木々の緑で日陰を作り、冬は落葉し太陽の日差しがそそぐように設計されています。
有名ブランドの路面店やお洒落なカフェが立ち並んでしますので、それらを楽しんだ後は東京駅南口に行ってみます。
(原首相・濱口首相襲撃現場)
東京駅には2人の首相が襲撃された物騒な現場跡があります。
一つは、
大正10年(1921年)、日本初の本格的政党内閣を組閣したと言われる原敬首相が暗殺(刺殺)された場所で、説明板と襲撃された場所のマークが東京駅南口の改札口近くにあります。

この事件の犯人の調書がほとんど残されておらず、無期懲役を受けたが3度も恩赦で釈放されるなど暗殺の背景には多くの謎が残されている事件です。
もう一つは、
東京駅構内ですが、ライオン宰相と言われた濱口雄幸首相が昭和5年(1930年)に銃撃された現場があります。

東北方面行きの新幹線改札に行く階段のそばにありますが、場所が分からなければ近くにインフォーメーション・カウンターがありますので、そこで聞くと教えてくれます。
濱口首相は当時の金融恐慌に対処するため軍部などの反対を押し切って金解禁を断行したことで右翼団体の愛国社社員から銃撃されました。
一命はとりとめたものの、その後の過労も加わり1年もしないうちに亡くなりました。
(KITTE)
以前の東京中央郵便局敷地内に建設された超高層ビルで、日本郵便が初めて手がける商業施設です。

「KITTE」は「切手」と「来て」をかけ合わせたネーミングだそうです。
ビル内には様々な飲食店や店舗がありますが、面白いのが2階・3階にある「インターメディアテク」です。

「インターメディアテク」は日本郵便と東大がコラボした施設で、学術資料や研究資料を展示している博物館のような施設です。見応えがありますし、入館料無料なので一見の価値があります。
さらに、KITTE1階の西側に面した空間に「タラヨウ」という郵便局のシンボルツリーが植えられています。

この「タラヨウ」とはWikipediaによれば以下の通りです。
指摘されないと見過ごしてしまうような場所ですが、ここが以前郵便局の中枢施設だったことを思い起こさせるようなところです。(続きます)
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「そんなところは有名で誰でも知っているよ」と思われる方もいらっしゃるかと思いますが、その場合にはご容赦くださいm(__)m
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(東京駅)
東京駅のようなメジャーなところが「ちょっと知らない」ではないだろうとお叱りを受けそうですが、ご紹介したいのは東京駅ではなく、東京駅を展望できる場所です(笑

私の知る限り、最も展望がよく、アクセスしやすいのは丸ビル5階のテラスです。上の写真はそのテラスから撮ったものです。

東京駅は元々皇居を向いた帝都中央停車場として造られましたので(当初は乗降口は丸の内側にしかなく、八重洲側にはないような状況でした)、丸の内からの眺めが最も見栄えが良いです。
(丸の内仲通りの街路樹)
東京駅を展望した後は、丸ビル裏にある「丸の内仲通り」に行ってみましょう。晴海通りから永代通りまでを結び、両側に街路樹を植えている美しい通りです。

この街路樹はケヤキを始めとする落葉樹林で、夏は木々の緑で日陰を作り、冬は落葉し太陽の日差しがそそぐように設計されています。
有名ブランドの路面店やお洒落なカフェが立ち並んでしますので、それらを楽しんだ後は東京駅南口に行ってみます。
(原首相・濱口首相襲撃現場)
東京駅には2人の首相が襲撃された物騒な現場跡があります。
一つは、
大正10年(1921年)、日本初の本格的政党内閣を組閣したと言われる原敬首相が暗殺(刺殺)された場所で、説明板と襲撃された場所のマークが東京駅南口の改札口近くにあります。

この事件の犯人の調書がほとんど残されておらず、無期懲役を受けたが3度も恩赦で釈放されるなど暗殺の背景には多くの謎が残されている事件です。
もう一つは、
東京駅構内ですが、ライオン宰相と言われた濱口雄幸首相が昭和5年(1930年)に銃撃された現場があります。


東北方面行きの新幹線改札に行く階段のそばにありますが、場所が分からなければ近くにインフォーメーション・カウンターがありますので、そこで聞くと教えてくれます。
濱口首相は当時の金融恐慌に対処するため軍部などの反対を押し切って金解禁を断行したことで右翼団体の愛国社社員から銃撃されました。
一命はとりとめたものの、その後の過労も加わり1年もしないうちに亡くなりました。
(KITTE)
以前の東京中央郵便局敷地内に建設された超高層ビルで、日本郵便が初めて手がける商業施設です。

「KITTE」は「切手」と「来て」をかけ合わせたネーミングだそうです。
ビル内には様々な飲食店や店舗がありますが、面白いのが2階・3階にある「インターメディアテク」です。

「インターメディアテク」は日本郵便と東大がコラボした施設で、学術資料や研究資料を展示している博物館のような施設です。見応えがありますし、入館料無料なので一見の価値があります。
さらに、KITTE1階の西側に面した空間に「タラヨウ」という郵便局のシンボルツリーが植えられています。


この「タラヨウ」とはWikipediaによれば以下の通りです。
葉の裏面を傷つけると字が書けることから、郵便局の木として定められており、東京中央郵便局の前などにも植樹されている。
(Wikipediaより)
指摘されないと見過ごしてしまうような場所ですが、ここが以前郵便局の中枢施設だったことを思い起こさせるようなところです。(続きます)
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