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「龍子記念館」と「いにしへの東海道」~臼田坂散策(最終回)


大森まで足を延ばし、岸谷五朗・奥居香夫妻の自宅を探訪しました。

今回は「臼田坂散策シリーズ」の最終回として、川端康成・石坂洋二郎旧居跡、川端龍子の邸宅跡に建てられた「龍子記念館」などを訪れます。




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(川端康成、石坂洋二郎旧居跡)


前回の記事で歩いた「岸谷五朗・奥居香夫妻の自宅」から、馬込に戻りますが、途中に「川端康成」と「石坂洋二郎」旧居跡の2つの説明版があります(大田区南馬込3-33-6)。
川端康成と石坂洋二郎の説明版 臼田坂散策5


川端康成と三島由紀夫は師弟関係にあり、川端康成は三島由紀夫の結婚式の媒酌人も務めました。

しかし、川端康成が馬込にいたのは、昭和3年(1928年)5月から翌年の昭和4年(1929年)9月までで、

昭和34年(1959年)に緑ヶ丘から馬込に転居して来た三島由紀夫とは、馬込での交流はありませんでした(三島由紀夫の自宅については、「三島由紀夫、仲村トオル・鷲尾いさ子夫妻の自宅を探訪~臼田坂散策(3)」を参照)。

下の写真は、「若い人」「青い山脈」など、戦前戦後を通じて最も大衆に愛された作家のひとりである「石坂洋二郎」の説明版。
石坂洋二郎の説明版 臼田坂散策5






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(龍子記念館)


さらに坂を下っていくと、「龍子記念館」の表示があります(大田区中央4丁目2-1)。
龍子記念館の表示 臼田坂散策5


「龍子記念館」は馬込文士村に住んだ日本画家「川端龍子」(かわばたりゅうし)によって設立された記念館で(下の写真)、
龍子記念館 臼田坂散策5


川端龍子の旧宅とアトリエが保存されています。

同じ大田区にある「池上本門寺」の大堂(祖師堂)の天井画「未完の龍」(下の写真)は川端龍子によるものです。
川端龍子 未完の龍 臼田坂散策5 
(出典:池上本門寺ホームページ)

川端龍子はこの天井画の完成をみることなく逝去しましたが、現代の代表的な日本画家であり、川端龍子と親交の深かった奥村土牛(おくむらどぎゅう)が眼を点じて開眼供養をしました。




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(いにしへの東海道)


臼田坂下に下っていくと、右手に蔦で覆われた家がありました。他にも蔦で覆われた家がありましたが、この家の覆われ方がものすごいので、思わず写真を撮りました。
蔦で覆われた家 臼田坂散策5


さらに下に行くと、旧東海道に合流し、「いにしへの東海道」と「旧新井宿 出土橋跡」の碑があります(大田区中央4-21)。
いにしへの東海道 旧新井宿 臼田坂散策5


また、この「いにしへの東海道」の碑の脇には、クネクネト曲がったいかにも川跡と思われる道がありますが、これは今まで見てきた内川の暗渠化された流路跡です。
内川跡 いにしへの東海道碑 脇の道 臼田坂散策5


「旧新井宿 出土橋」の碑は、かつてここに内川が流れ、その内川に橋が架かっていたことを示すものです。

☆☆☆

今回で、「臼田坂と内川の源流~臼田坂散策(1)」から5回にわたって掲載した「臼田坂散策シリーズ」を終了します。


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プロフィール

カツQ

Author:カツQ
リタイアして6年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に東京散歩と株式投資で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、歴史や地形・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。

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