「お寺」と「ゲイタウン」~新宿2丁目散策(1):太宗寺
- 2020/12/07
- 07:36
※本記事内容は、新型コロナウィルスが蔓延する以前に訪れたときの様子を書いたものです。したがって、現在の様子と異なる可能性があります。
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新宿2丁目はゲイタウンとして日本のみならず世界的にも知られていますが(Wikipediaの記述によれば「世界屈指のゲイタウン」の由)、
この新宿2丁目には「太宗寺」、「成覚寺」、「正授院」という3つの由緒あるお寺があります。
(靖国通りに設置されている地図を筆者が加工)
今回は、これら3つのお寺のうち「太宗寺」を訪れ、隣接するゲイタウンを見てみます。
(※)花街関連に関する記事については、「古道・暗渠・花街・戦争遺構・廃線跡など」のカテゴリがありますので、ご関心のある方はこちらをご覧ください。
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参考記事:新宿駅構内とその周辺の散策記事として、以下の4つのサブシリーズに分けて掲載した「新宿駅構内及び新宿駅周辺散策」シリーズがあります。
2回にわたって、山手線の一番高い地点や駅のホームにある謎の供養塔などを探索します。
4回にわたって、歌舞伎町など新宿駅の東口地域を散策します。
2回にわたって、バスタ新宿、新宿サザンテラスなどを散策します。
2回にわたって、西口広場や思い出横丁などを散策します。
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(太宗寺)
「太宗寺」は戦国時代にあった草庵を、慶長元年(1596年)頃に信州高遠(たかとう)藩主の内藤家が菩提寺にしたお寺です(下の写真)。
境内には下の写真のような「内藤新宿太宗寺の文化財」という掲示板があり、境内にある文化財の案内があります。
それらのうち、主なものを見ていきましょう。
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まず、江戸の出入り口六ヶ所に設置された「江戸六地蔵」の一つである「銅像地蔵菩薩坐像」です。
江戸時代の新宿はこのあたりが最もにぎやかで(現在の新宿駅付近は辺鄙な場所でした)、人の出入りも多く大きな地蔵は目を引いたと想像されます。
「銅像地蔵菩薩坐像」の横には、「閻魔堂」があり、中には「閻魔像」、「奪衣婆像」が収められています。
中は暗くてよく見えませんが、照明用のボタンがあり(下の写真)、
このボタンを押すと、薄明かりの中で「閻魔像」、「奪衣婆像」を見ることができます。
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「奪衣婆像(だつえば)」は三途の川で亡者の着物を剥ぎ取るとされていますが、
太宗寺の奪衣婆は「しょうづかのばあさん」とも言われ、
「衣を剥ぐ」=「服を脱ぐ」ことから、遊女の多かった内藤新宿の妓楼(ぎろう)の商売神として信仰されていたそうです。
また、「塩かけ地蔵」のお堂もあります。イボやおできにご利益があるとされ、塩を頂いて患部に塗り治癒したときには塩を倍にしてお返しするそうです。
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(内藤家墓所の後ろにはゲイ専門の風俗店が・・・)
「太宗寺」は内藤家の菩提寺ですので、内藤正勝の墓(内藤家の墓所)があります。
「えっ、新宿駅に供養塔がある?~新宿駅構内散策(2)」で新宿駅の12番線ホームに「内藤新宿 右 上総国木更津ニ至ル 左 甲斐国甲府ニ至ル」という標識があり、江戸時代に現在の新宿御苑近くに屋敷を構えた内藤家について書きましが、
その内藤家です。
この内藤家墓所の後ろには、「24会館」の看板が見えますが(下の写真右が拡大写真)、
この「24会館」は男性専用のサウナで、太宗寺のすぐ裏手は新宿2丁目のゲイタウンになっています。
東京を散策していると、「聖」と「俗」が隣り合わせになっている場所を歩くときがありますが(「日暮里・鶯谷の東側を散策(2):ねぎし三平堂/子規庵/鶯谷風俗街」、「渋谷「百軒店」「円山町」散策:道玄坂地蔵尊/千代田稲荷神社/名曲喫茶ライオン」を参照)、
この新宿2丁目もそのような「聖」と「俗」が隣り合わせになっている場所です。
(※)花街関連に関する記事については、「古道・暗渠・花街・戦争遺構・廃線跡など」のカテゴリがありますので、ご関心のある方はこちらをご覧ください。
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次回は、「24会館」方向に行って、新宿2丁目のゲイタウンを歩いた後、「成覚寺」、「正授院」を訪れます。
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