風呂屋? 釣り堀? 食堂?~西小山→荏原町散策(最終回):カブラギ本社/旗の台つりぼり店/品川道/蛇窪神社/大井の掛渡井
- 2020/11/05
- 09:04
「荏原」の地名、「源氏ゆかり」の史跡などを見てきましたが、
今回は、「西小山→荏原散策シリーズ」の最終回として、失われた地名である「蛇窪」地区まで歩いていきます。
★★★
★★★
(風呂屋? 釣り堀? 食堂?)
前回の記事で訪れた「旗岡八幡神社」と「法蓮寺」が面する道も古道で、この道を進んでいくと、
『「品川用水跡」と「帝銀事件」~武蔵小山散策(3)』で書いた「平塚橋」に行き着きます。
途中には、昭和の物品を展示した「カブラギ本社」があります。
これは個人の方が展示しているのですが、このような洒落た展示品が見れるのも古道だからでしょうか。
また、この界隈には「旗の台つりぼり店」があります(品川区旗の台2丁目4−4)。
お店には「荏の花温泉」という看板があり、店構えは風呂屋なのですが、「つりぼり」とはどういうことでしょうか。
「見学自由」と書かれていますので、中に入ってみます。
★★★
★★★
中に入ると、本当に釣り堀でした。
お店の方に伺うと、風呂屋を改装して釣り堀にしたのだそうです。
また、レストランも併設していました。
大変おもしろいお店で、テレビでも度々紹介されているようです。
★★★
★★★
(品川道)
この荏原町駅には他にも史跡がありますので、見てみましょう(駅前に置かれた地図に筆者が加工したもの)。
「廃駅ホームの痕跡を探る~西小山→荏原町散策(2):旗の台駅/旗が丘駅/東洗足駅/旗が丘子育て地蔵」で書いたように、「川に直角に交差するよう古道が作られる」という古道の特徴がここでも見られます。
商店街を南に向かっていくと「天保3年の道標」と「庚申堂」があり、
さらにその先にも「天保2年の道標」があります。
道標は道が交差する場所に置いて、行き先を示すものですが、この界隈は古道が交差し、かつて人々が盛んに行き来していた場所であることをうかがわせます。
★★★
★★★
また、「天保2年の道標」を右に曲がると、「品川道」の説明板があります。
品川道とは武蔵国の国府であった府中と中世からの港湾都市であった品川を結ぶ道で、
近年は開発によって消滅している部分もありますが、ところどころに「品川道」が残っています。
私達が今歩いている道も「品川道」で、品川区が要所にこのような説明板を設置しています。
上の地図で示したように、このあたりの「品川道」は品川区と大田区の区境にもなっています。
なお、この品川道を遡っていくと行くと、『「スポーツ選手・芸能人行きつけの隠れ家的焼肉店」と「プチ長原散策」』でご紹介した「本牧亭」がある長原商店街の通りにつながっています。
長原商店街の通り(下の写真)は古代からの古道ですが、ここも品川道の一部と考えられます。
★★★
★★★
(失われた「蛇窪」の地名)
この「品川道」を辿ってみます。
さらに歩いていくとマンションの前にも「品川道」の説明板がありました。
また、左右の道が下っていて、この「品川道」が尾根道であることが分かります(「古道について(2)」を参照)。
★★★
★★★
かつてこの界隈は「蛇窪」と呼ばれていた地域ですが、現在は
「蛇窪神社」
「上蛇広場」
というわずかな場所に残るのみとなっています。
「蛇」という聞こえの悪いイメージを除いてしまったのでしょうか。歴史ある地名がなくなってしまうのは残念に思います。
しかし、昔からの地元の人たちは愛着のある名前らしく、「蛇窪共栄会」、「へびくぼみやげ」として今でも名前が地元の人々の間に引き継がれています。
★★★
★★★
(大井の掛渡井:立会川と品川用水支流が交差した場所)
また、この地域には、品川用水の支流と立会川が立体交差していた場所があります。
品川用水支流跡はさきほどの「上蛇窪広場」の脇にあります。今では公園になっていますが、人為的に高いところを流れていたことが分かります。
下の写真が、立会川と品川用水支流の交差点になります。
自然河川である立会川が下に流れ、人工河川の品川用水支流を上に流すという立体交差の流れが作られていました。
(出典:品川歴史探訪 品川用水を辿る~品川の農業を支えた水(品川公式チャンネル))
これを「大井の掛渡井」(おおいのかけとい)といいますが、先人が苦労して考えた人と水との関わりについての貴重な歴史の説明は、残念ながらこの公園のどこにもありませんでした。
★★★
★★★
┏○゙ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると励みになります┏○゙

