戦艦大和の実験・研究が行われた施設~中目黒→恵比寿散策(最終回):艦艇装備研究所/カルピス本社
- 2020/06/28
- 06:23
※本ブログの記事内容は、新型コロナウィルスが蔓延する以前に訪れたときの様子を書いたものです。新型コロナウィルス感染が収束するまでは、今まで撮った写真等のストックを使った記事を掲載します(その後撮影した写真も一部含む)。
なお、新型コロナウィルスが発生した当初に書いた私の考えは「新型コロナウィルスで思うこと」で書いています。
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三田用水跡の遺構や「目黒のさんま」ゆかりの場所などを見てきました。
今回は、「中目黒→恵比寿散策」シリーズの最終回として、恵比寿まで歩いていきます。
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(艦艇装備研究所)
「茶屋坂児童遊園」に戻り、坂をさらに登って、T字路を左に曲がります。
この道の左側も防衛省の敷地で、立入禁止の長い塀が続きます。
しばらく歩いていくと、防衛省管轄の「艦艇装備研究所」があります。
「艦艇装備研究所」のホームページによれば、「船舶、船舶用機器、水中武器、音響器材、磁気器材及び掃海器材のシステム化技術とこれらの要素技術について研究を行っている」施設だそうです。
下の写真は、「艦艇装備研究所」内にある大水槽。戦艦大和もここでの実験・研究から生み出されました。
(出典:艦艇装備研究所ホームページ)
この大水槽の外観(下の写真)を恵比寿ガーデンプレイスの展望場所から見ることができることは、前回の『「唐沢寿明・山口智子夫妻の自宅」と「目黒のさんまの地」を探索~中目黒→恵比寿散策(2):茶屋坂隧道跡/爺々が茶屋/陸軍境界石」』で書いたとおりです。
また、「艦艇装備研究所」の向かいには、芸能事務所である「渡辺プロダクション」の学校があります。
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(カルピス本社ビル)
「艦艇装備研究所」をさらに進んでいくと。右手に「カルピス本社ビル」があります。
カルピス本社は、平成19年(2007年)に味の素の完全子会社になり、さらに平成24年(2012年)にアサヒグループホールディングスの完全子会社になりました。
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カルピスの創業者は、僧侶出身の三島海雲で、
内モンゴルを訪れたときに口にした酸乳を参考にして開発・販売したことはあまり知られていないようです。
下の写真は、世田谷区駒沢界隈を散策していたときに、たまたま訪れた駒沢大学で行われていた、カルピス創始者・三島海雲の文献展のポスター(190620)です。
仏教系の大学だけあって、僧侶・三島海雲のイベントをやっていました。
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(カフェ ジタン)
「恵比寿ガーデンプレイス」に行く途中で、下の写真のようなおしゃれな外観の「カフェ ジタン」がありました。
ここで、散策途中のランチを取りましたが、これについては別記事(『【恵比寿】「レンタル撮影スタジオとしても使われているお洒落なカフェ」と「恵比寿ガーデンプレイス散策」』)で詳しく書きたいと思います。
(恵比寿ガーデンプレイス)(エビスビール記念館)
「恵比寿ガーデンプレイス」に着きました。
恵比寿ガーデンプレイスは、平成6年(1994年)に開業した複合商業施設です。
これまでも紹介してきましたが、恵比寿ガーデンプレイスタワーの38階・39階の展望場所からは、素晴らしい景色を見ることができます。
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また、ここはヱビス発祥の地であることから、「ヱビスビール記念館」があり、
ヱビスビールの歴史を紹介する展示室や
ガイドツアーがあります。
展示室では、恵比寿神社の写真が展示されていましたが、
その撮影者はなんと第15代将軍の徳川慶喜でした。
徳川慶喜は、引退後の明治期には、写真・狩猟・以後・謡曲など趣味に没頭する余生を送った人物であることは知っていましたが、ここで彼の撮った写真を見るとは思ってもいませんでした。
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これで、「木村拓哉、桑田佳祐、唐沢寿明の自宅を探訪~中目黒→恵比寿散策(1)」から3回にわたって掲載した「中目黒→恵比寿散策」シリーズを終了します。
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