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関根勤の自宅を探訪しながら、失われゆく三田用水遺構を歩く~「今半」の店名の由来は?~港区白金台・三田用水跡(2)


自然の川と人工の川(上水、用水)について説明し、

環状4号線の建設によって失われる可能性のある、港区白金台の三田用水跡を実際に歩いて「今里地蔵」まで来ました。

今回は、「今里地蔵」から自然教育園まで歩きます。

なお、東京都内の流路を辿った記事としては、「洗足池の源流を探る(暗渠散歩):清水窪湧水/清水窪流れ」がありますので、ご関心のある方はこちらもお読みください。

【追記:関根勤の自宅】
この界隈には、お笑いタレントで活躍している関根勤の自宅があり、これを確認しましたので、本記事の末尾に追記を掲載しました。



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(「今半」由来の地)


この界隈は、老舗飲食店「今半」の店名の由来となった場所でもあります(下の写真は人形町にある「人形町今半」)。
人形町今半 港区白金台三田用水跡2


この地域は、昭和44年(1969年)の住所表示による変更までは「今里」と呼ばれ、今でも「今里地蔵」に見られるように「今里」の呼称が残っています。

例えば、

芝白金団地の公園には「港区芝白金今里町」の表示が残されており、
芝白金団地の公園 港区白金台三田用水記事2


アパートや社宅の名前にも「今里」の名前が残っています。
今里アパート 港区白金台三田用水記事2  今里社宅 港区白金台三田用水記事2 


さて、「今半」の由来に戻りますが、「人形町今半」HPの「今半物語」には次のような記述があります。

「政府から認められた牛の食肉工場が今里町(現、芝白金付近)にありました。
そこで、今半は今里町から来た牛肉だけを使用しています。と言う意味と当時流行った今様(いまよう)と言う語句の「今」の文字を使ったと言われています。
そして、「半」は共同経営の「半太郎」というところから屋号を「今半」としました。」

つまり、食肉工場(注:屠殺場のこと)のあった今里町の「今」と「半太郎」の「半」を合成して「今里」としたわけです。



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(三田用水跡散策~続き)


さて、前回訪れた今里地蔵からさらに進みます。

「今里地蔵」の横には大谷石の塀がありますが、この上を「三田用水」が流れていました。
今里地蔵の横の塀 港区白金台三田用水記事2


すなわち、ここから先が下り坂なのですが、前回書いたように、標高を維持するために道よりも高いところに三田用水を設置したのでした。

また、このあたりには「環状4号線建設反対」の張り紙が貼られていました。
反対の張り紙1 港区白金台三田用水記事2  反対の張り紙2 港区白金台三田用水記事2


さらに進むと、「三田用水」の分水断面跡があります。
三田用水跡1 港区白金台三田用水記事2


ここでも標高を保つために道よりも高い場所に用水を通す工夫がされています。

右側の樋が本管で、左側の樋は目黒川方向(畠山記念館方向)への分水になります。



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階段を登り進んでいくと、下の写真のような細長い空間がありますが、ここも「三田用水」跡になります。
細長い空間 港区白金台三田用水記事2


「三田用水」が機能していた頃は水利組合が管理していましたが、「三田用水」が廃止された後は、その跡地が水利組合によって売却されました。

したがって、その跡地に建てられた建築物は「非常細長い建築物」になっています。

下の写真がそのことをよく表しています。
非常に細い建物 港区白金台三田用水記事2



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下の写真は、新宿御苑横にある「玉川上水・内藤新宿分水散歩道」です。
玉川上水遊歩道 港区白金台三田用水記事2


公的機関によって管理されていた「玉川上水」は公園になるなどして、その痕跡を残している場所が多いのですが、

「三田用水」は水利組合という民間組織によって運営されていたため、「三田用水」廃止後は、土地が売却され開発が進みました。

したがって、「玉川上水」と比べ「三田用水」は遺構・痕跡が少ないのが特徴です。

さて、「非常に細長い建築物」の横には、「三田用水」に架かっていた橋の欄干の痕跡が残されています。
橋の欄干跡 港区白金台三田用水記事2


さらに進むと、三田用水跡に建てられた細長い家が続く家並みや駐車場があります。これも「三田用水」の痕跡です。
細長い家が続く 港区白金台三田用水記事2  細長い駐車場 港区白金台三田用水記事2


その先はT字路になっています。このT字路の先に「三田用水」が流れていましたが、家が立ち並び中には入れませんので迂回します。

このT字路にある家の塀が道に直角ではなく斜めに作られていますが、「三田用水」の流路に沿って作られた塀と思われます。
斜めの塀 港区白金台三田用水記事2



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その先に、道路に斜めに接する細長い空き地がありますが、これが先程の「三田用水」跡につながる流路跡です。
道路に斜めの空き地 港区白金台三田用水記事2


このすぐ左横は下の写真のような急な下り坂になっていて、下の窪地を避けて「三田用水」が建設されてことがよく分かります。
急な下り坂 港区白金台三田用水記事2


この先に、国立科学博物館付属の「自然教育園」の森が見えます。
自然教育園の森 港区白金台三田用水記事2


「三田用水」跡はこの先もあり、目黒駅(品川区)→代官山(渋谷区)→駒場(目黒区)→笹塚(渋谷区)と続くのですが、「環状4号線」によって消滅する恐れのある区域はここまでですので、今回の記事はここまでとします。

「三田用水」跡は高台の尾根道を通っていて散策していても面白いので、機会があれば本ブログで取り上げたいと思います。

なお、自然教育園のそばには『「東京都庭園美術館のフレンチレストラン」と「プチ白金散策」:レストラン デュ パルク』で書いたフレンチレストランがあるのでご参考にしてください。



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【追記(2020年9月6日)】

(関根勤の自宅)


この三田用水跡のある白金台界隈にはお笑いタレント、コメディアンなどとして活躍している関根勤の自宅があります(下の写真)。
関根勤の自宅 三田用水跡散策 追記


地域のミニコミ誌である「高輪地区情報誌」に掲載されたインタビュー記事があるのですが、このインタビュー記事によれば関根勤の生まれは白金台で父は高輪消防署の消防士だったそうです。

娘さんの関根麻里もタレントとして活躍していますね、

表札には「SEKINE TEMS」と書かれていました。
関根勤の自宅 表札 三田用水散策 追記


「TEMS」の意味はよく分かりません。家族の名前の頭文字を合成したものかもしれないと思いましたが、数が合いません。

なお、関根勤の自宅近くにも三田用水の境界石と思われるものがありました。
三田用水境界石 関根勤の自宅 三田用水散策 追記

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これで、数年後には失われてしまうかもしれない、白金台の三田用水跡散策を終了します。機会があれば、三田用水跡の全てを散策する記事(「三田用水を上流から散策するシリーズ」をご覧ください)を書きたいと思っています。


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プロフィール

カツQ

Author:カツQ
リタイアして8年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に東京散歩と株式投資で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、歴史や地形・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。

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