横浜山手で歴史に思いを馳せる(1):荻野アンナの自宅/石川代官所/クリフサイド/元町百段公園
- 2019/10/25
- 09:38
横浜山手の散策シリーズとしては、
前々回の『「君が代」の視点からの「横浜山手散策」』シリーズ、前回の「湧水」の視点からの「横浜山手の湧水探訪」シリーズの2つの散策シリーズがありましたが、
今回は「歴史」の視点からみた横浜山手を散策してみたいと思います。
横浜は東京と違って、幕末からの短い歴史しかありませんが、それでも多くの興味深い史跡があります。
なお、洋館巡りという定番コースは、すでに素晴らしいサイトが多くありますので、今回は洋館以外の史跡を巡ります。
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(旧石川代官所長屋門)
「麒麟麦酒発祥の地を巡りながら横浜山手の湧水を探訪する(最終回)」で散策した「代官坂」を下っていくと、代官坂の名前の由来となった「旧石川代官所長屋門」があり、
そこに置かれている説明板には、「この地に横浜村名主石川徳右衛門が居住していたこと」、「ペリーがこの屋敷を訪れ、石川徳右衛門が饗応したこと」が書かれています。
なお、石川家は現在でも存在し、この史跡の近くに子孫の方が住んでいます。
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(クリフサイド:石原裕次郎が通ったダンスホール)
この「旧石川代官所長屋門」の近くに「代官坂トンネル」がありますが、
この「代官坂トンネル」の入口付近に、昭和21年(1946年)創業の老舗ダンスホール「クリフサイド」があります。
石原裕次郎など多くの俳優が来たり、映画などのロケ地になったり、小説の舞台にもなりました。
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クリフサイドはNHKの朝ドラ「純情きらり」のロケ地にも使われました。
一世を風靡した「クリフサイド」ですが、私が行ったときは寂れていて閉店しているような佇まいでした。
また、横浜山手に住んでいる荻野アンナが「クリフサイドの青春」というエッセイを書いています。
(荻野アンナの自宅)
フランス文学者でタレントの荻野アンナは、山手にある「フェリス女学院」を卒業していますが、その自宅(下の写真)が「フェリス女学院」の近くにあります。
表札には、「荻野」の姓と、画家である母親(江見絹子)の「江見」の姓が書かれています。
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(元町百段公園)
「代官坂」近くの「汐見坂」脇にある「高田坂」を下っていくと「元町百段公園」があります。
明治大正期に山手と元町を結ぶ「元町百段」という階段があり、大変眺望の良いところだったそうです。
下の写真はアメリカ山公園にある外国人居留地の地図ですが、百段階段が描かれています。
2つの階段らしきものがありますが、「元町百段」は直線であったこと、中村川に架かる前田橋のそばにあったことから手前(左側)の階段が「元町百段」と考えられます。
また、前田橋のそばには下の写真のような金属プレートが設置されており、往時の「元町百段」を偲ぶことができます。
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(霧笛楼の煉瓦)
この前田橋の近くには、「外国人居留地の面影を探しながら横浜山手の湧水を探訪する(2)」で通り過ぎた、高級フランス料理点の「霧笛楼」があり、
この霧笛楼には、同じく「外国人居留地の面影を探しながら横浜山手の湧水を探訪する(2)」でご紹介したジェラールが製造した瓦が置かれています。
また、霧笛楼ではこの瓦を模したお菓子(横濱仏蘭西瓦)を販売しています。
さらに、仏像彫刻家・竹林昭吉の作品「ファニーの像」も置かれています。洋風のようでどこか和風のイメージがある不思議な作品です。
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次回は「唐人お吉」が住んでいた下田長屋などを散策します。
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