日暮里・鶯谷の東側を散策(最終回):日暮里繊維街/藤の大滝/コリアタウン
- 2019/09/11
- 06:46
前回の「日暮里・鶯谷の東側を散策(4)」では、
荒川区を北方に進み、「藤島部屋」や「夕焼け小焼けの塔」を見てきましたが、
今回もさらに荒川区内を歩いていきます。
この界隈には「日暮里繊維街」や戦前からあるコリアタウンがあります。
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(日暮里繊維街)
前回ご紹介した「ニューマルヤ」と「第二日暮里小学校」が面する通りは「日暮里繊維街」と呼ばれ、
日暮里駅ロータリーまで約1Kmに渡って生地織物の店が通りの両側に立ち並んでいます。
下の写真のように、普通の店では入手できない商品を入手することができます。
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(日暮里公園)
「尾竹通り」を渡って、「日暮里公園」まで行きます。
この「日暮里公園」には「日暮里公園の記」があり、日暮里の地名の由来を説明しています。
それによれば、
地元の土豪の家にあった堀を「新堀」(にいほり)と呼び、地名の代名詞になったこと(「ニイホリ」が「ニッポリ」になりました)、
高台からの展望が「日の暮れるのを忘れる」ほどの景勝地として知られるようになり、「ひぐらしの里(日暮の里)」と呼ばれるようになったことが書かれています。
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(日暮里大火と吉展ちゃん事件)
この「日暮里公園」近くの荒川消防団第七分団本部のある東日暮里3丁目界隈は、
昭和38年(1963年)、市街地の5000平方メートル以上を消失するという大規模火災「日暮里大火」の出火地となった地区です。
ちょうどこの時期に、「吉展ちゃん誘拐殺人事件」が起きました。
この「吉展ちゃん誘拐殺人事件」はメディアにより国民的な注目を集めた事件であり、日本で初めて報道協定が結ばれた事件でもありました。
迷宮入りしそうになった事件でしたが、
「落としの平塚八兵衛」と言われた刑事・平塚八兵衛が、「山手線から日暮里大火を見た」と犯人が語ったことをきっかけに、犯人のアリバイを崩し犯人逮捕につながったことでも日暮里大火は知られています。
(藤の大滝)
この「藤の大滝」を見に行くことが今回の散策の最大の目的でした。
舎人ライナー改札口で入手した「荒川区日暮里まちあるきマップ」にも説明が書かれていますが(「日暮里・鶯谷の東側を散策(1)」を参照)、
井上さん宅の建物3階に達する藤の大木です(荒川区のマップには個人宅の名前が明記されていますので、本ブログでも個人宅名を記しました)。
私が行ったときはタイミングがずれていたのか咲いている藤の花が少なかったのですが、荒川区のマップ(下の写真)には満開の藤の花が滝のように咲いている写真があります。
この藤の木の幹の部分です。太い幹ですね。
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(戦前からあるコリアタウン)
JR三河島駅周辺は在日コリアンが多く住むコリアンタウンです。
新興で観光地化されている新大久保のコリアタウンと異なり、この界隈は戦前からあるコリアンタウンで、
新大久保のように韓国料理店・惣菜屋が集中しておらず、地域の中に散在し、街の中に溶け込んでいる感じです。
駅裏にある「荒川韓國会館」です。「國」の字が歴史を感じさせます。
韓国料理店と韓国惣菜屋が立ち並ぶ界隈、
ハングル文字が書かれた美容室です。
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これで「日暮里・鶯谷の東側を散策(1)」から5回に渡って連載した「日暮里・鶯谷の東側を散策」シリーズを終了します。
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