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日暮里・鶯谷の東側を散策(4):御行の松/夕焼け小焼けの塔/藤島部屋

間が空きましたが、前回の「日暮里・鶯谷の東側を散策(3)」からの続きです。

前回は、旧陸奥宗光邸、松坂屋の守護神社、和菓子の「竹隆庵 岡埜」を訪れました。

今回は荒川区を北方向に進みディープな荒川区を見ていきます。



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(御行の松)


和菓子の老舗「竹隆庵 岡埜」からほど近いところに、「御行の松不動尊」があります(台東区根岸4丁目9-5)。
御行の松不動尊 日暮里の東記事


江戸時代から、「根岸の大松」として親しまれた大松があり、江戸名所図会や広重の錦絵にも描かれている所です。

下の写真は境内内に掲示されている「江戸名所図会」の御行の松ですが、脇に音無川が描かれています。
御行の松 江戸名所図会 日暮里の東記事


初代の松は昭和3年(1928年)に枯死しましたが、この初代の松を土中から掘り起こして、不動堂の中に祀られています。
御行の松 不動堂 日暮里の東記事


(藤島部屋)

この「御行の松」から荒川区内に入っていくと元武双山が師匠の「藤島部屋」があります(荒川区東日暮里4-27-1)。
藤島部屋1 日暮里の東記事  藤島部屋2 日暮里の東記事


第67代横綱・武蔵丸を輩出した相撲部屋です。



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(日刊プロスポーツ新聞社)


藤島部屋の近くには、競輪予想紙を編集・発行している「日刊プロスポーツ新聞社」があります。
日刊プロスポーツ新聞社1 日暮里の東記事  日刊プロスポーツ新聞社2 日暮里の東記事


(夕焼け小焼けの塔)


さらに北に進んでいくと、第三日暮里小学校前に「夕焼け小焼けの塔」があります。
夕焼け小焼けの塔 日暮里の東記事


童謡「夕焼け小焼け」の作詞者・中村雨紅(なかむら うこう)が、後で訪れる第二日暮里小学校に赴任し、

その後、この第三日暮里小学校に転勤した後の大正8年(1919年)に「夕焼け小焼け」を作詞したことから、これを記念して「夕焼け小焼けの塔」が建てられました。


(EDWIN本社)


日暮里第三小学校が面している日暮里中央通りを西に向かうと、ジーンズなどデニム素材のブランド会社「EDWIN本社」のビルがありますが、
EDWIN本社ビル 日暮里の東記事


EDWIN本社は昨年(平成30年10月)に品川区に移転したとの張り紙がありました。
EDWIN本社 移転の張り紙 日暮里の東記事


しかし、EDWINの本拠地であった日暮里らしく、日暮里駅周辺にはEDWINの店舗が2店舗あります。
EDWIN 日暮里駅の2店舗 日暮里の東記事



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(ニューマルヤ:下町の洋食屋)


さらに進んで、尾竹橋通りとの交差点を渡ると、蔦で覆われたジブリの森にでもあるような洋食屋「ニューマルヤ」があります。
ニューマルヤ 日暮里の東記事


この「ニューマルヤ」については別の記事で詳しくご紹介したいと思います。


(夕焼け小焼けの記念碑)


日暮里中央通りを挟んだ「ニューマルヤ」の真向かいには、上で書いたように、作詞者・中村雨紅が勤務した日暮里第二小学校の脇に「夕焼け小焼けの記念碑」が置かれています。
夕焼け小焼けの記念碑 日暮里の東記事


(サブロン)(裏サブロン)


また、近くには洋菓子店の「サブロン」があり、
サブロン 日暮里の東記事


「サブロン」の裏には、「食べログ」で高評価を得ている、つけ麺の「裏サブロン」があります。
裏サブロン 日暮里の東記事


洋菓子屋のご主人がラーメン好きで洋菓子作りと同時につけ麺も作っています。

テレビでも紹介されたお店ですが、私が行ったときは雨にもかかわらずお客が待っていました。

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次回は「日暮里・鶯谷の東側を散策」シリーズの最終回で、戦前からある「コリアタウン」などを見ていきます。

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プロフィール

カツQ

Author:カツQ
リタイアして4年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に株式投資と東京散歩で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、地形や歴史・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

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