FC2ブログ

記事一覧

「銀座で唯一の踏切」を探して築地界隈を散策

今回は築地から茅場町までの「平成通りを歩く」シリーズを考えていますが、

そのプロローグとして築地界隈を散策してみたいと思います。

築地界隈にはかつて海軍関係の施設があり、また鉄道物流が盛んだったところで、それらの痕跡が残されています。

「銀座で唯一の踏切」など珍しい遺構がありますので、それらを見ていきたいと思います。


☆☆☆
☆☆☆


(築地市場の歴史)


大正12年(1923年)に起きた関東大震災以前、魚市場は日本橋にありましたが(下の写真は、「日本橋魚河岸跡」の碑)、
日本橋魚河岸跡の碑 19年3月記事 


関東大震災で日本橋魚河岸は壊滅的な被害を受けたため、築地にあった海軍施設に新たに魚市場を開設しました(下の写真は、震災直後の日本橋魚河岸)。
関東大震災直後の日本橋魚河岸 2019年3月記事 
(出典:豊洲市場水産卸市場の説明板)


そして、昨年(平成30年(2018年))10月11日に豊洲に移転したことは、「豊洲市場(開場後)に行ってきました(1)」で書いたとおりです。

歴史は繰り返すのですね。


(築地市場の鉄道遺構)


下の写真は昨年(平成30年(2018年))夏に写した築地市場(築地中央卸売市場)の写真ですが、
築地市場 2018年夏 


現在は、工事が進められ下のような様子になっています。
築地市場 2019年2月 


下の写真は、隅田川対岸にあるビルから写真を撮ったものですが、工事が進められている様子がわかります。
築地市場 工事が進められている様子 


同じく、そのビルから撮った築地市場ですが、左側の部分が扇形にカーブを描いています。
築地市場 扇形にカーブを描いている 


現在では物流の主体はトラック輸送ですが、築地市場を開設した当時の物流主体は鉄道でした。

このため、鉄道貨車の停止位置をできるだけ長くするようにカーブを描いた構造になったわけです。

この建物は解体されるようで、本年(平成31年(2019年))2月19日の読売新聞には「姿消す「築地」のシンボル、扇形建物の解体進む」との見出しで、次のような記事が掲載されていました。

昨年10月に83年の歴史に幕を下ろした築地市場跡地(東京都中央区)で、市場のシンボルだった扇形の建物の解体が進んでいる。
 扇形の建物は、かつて鉄道が輸送に使われていた頃に、弧を描くように引き込み線が引かれた当時の名残。その後、トラック輸送が主流となって1987年に引き込み線は廃止され、昨年まで関係団体の事務所や水産仲卸売場などとして使われていた。(平成31年(2019年)2月19日付け読売新聞)

下の写真は、豊洲市場管理施設棟のPRコーナーに展示されていた築地市場内にあった鉄道列車の積み下ろし場の写真ですが、鉄道のホームがあったことが分かります。
築地市場 鉄道ホーム 2019年3月記事 
(出典:豊洲市場管理施設棟PRコーナーの説明板)


築地市場前に設置されている中央区の地図に私が補足したのが下の写真ですが、
築地市場 鉄道路線痕跡の小道 


地図に書いたように、築地界隈には当時の鉄道線路の痕跡が残されているので、その跡を追ってみましょう。


☆☆☆
☆☆☆


(鉄道が通っていた線路の痕跡)


築地市場前の新大橋通りにある湾曲した小路が鉄道線路の痕跡です。

この小路をたどっていきます。
築地市場 鉄道路線の痕跡1 


下に首都高速道路が走っているこの橋(新尾張橋)が築地5丁目と銀座8丁目の境になります。
築地市場 鉄道路線の痕跡2 


江戸時代、この地区に尾張徳川家の下屋敷があり、尾張橋があたっため「新尾張橋」と命名されています。

この橋を渡って、さらに歩いていくと「元国鉄踏切信号機」があります(中央区銀座8丁目21-6)。
築地市場 元国鉄踏切信号1 


「銀座に残された唯一の鉄道踏切信号機」と書かれています。銀座に踏切とは・・・驚きですが、かつてここに築地市場に繋がる鉄道があったことの物的証拠です。
築地市場 元国鉄踏切信号2 


(中銀ビル)


この「元国鉄踏切信号機」前の道を右に曲がっていくと、下の写真のような異形のビルが現れてきます。
築地市場 中銀ビル1  築地市場 中銀ビル2


これは「中銀カプセルタワーヒル」で、
築地市場 中銀カプセルタワー 


この建物は、黒川紀章設計のカプセル型集合住宅です。

昭和47年(1972年)に建てられ老朽化しているため、取り壊し・建て替えの議論があるようですが、芸術的・歴史的価値があるものなので一部でも残してほしいものです。


☆☆☆
☆☆☆


(海軍関連の碑)


上で、築地市場は海軍施設のあった場所に造成されたことを書きました。

このため、この築地界隈には海軍時代の痕跡が残っていますので、その痕跡を見てみましょう。

築地市場方面に戻って「国立がん研究センター」に行ってみます。
築地市場 国立がん研究センター 


この「国立がん研究センター」敷地内には、「海軍兵学校寮の碑」があります。
築地市場 国立がん研究センター 海軍兵学校寮の碑 


また、現在は工事中なので見ることができませんが、「豊洲新市場に行ってきました」で書いたように、築地市場内には、「海軍発祥の地」であることを示す石碑が残されています。
築地市場 水神社 旗山 海軍発祥の地 2019年3月記事 


このように、築地市場・国立がん研究センター一帯の広い地域が、かつては海軍施設があった場所であることが分かります。


(新喜楽)


築地市場の斜め向かいに、「日本三大料亭」または「日本2大料理屋」の一つと言われる「新喜楽」があります。
新喜楽1 築地界隈を散策  築地市場 新喜楽2


芥川賞・直木賞の選考会が行われる料亭として知られてます。

また、佐藤栄作が政界人との懇談会の最中に倒れて息を引き取った料亭でもあります。


☆☆☆
☆☆☆

次回は平成通りを歩いてみます。

┏○゙ブログランキングに参加しています。クリックしていただけると励みになります┏○゙
にほんブログ村 旅行ブログ 歩く旅へ  

プロフィール

カツQ

Author:カツQ
リタイアして3年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に株式投資と東京散歩で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、地形や歴史・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

【保存版】損切りしない株式投資

カウンター

プライバシーポリシー

投資の注意点

メールフォーム

名前:
メール:
件名:
本文: