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史跡の宝庫(1):南千住・北千住を訪ねる

千住(南千住・北千住)は江戸四宿(えどししゅく)の一つだった千住宿(日光街道の日本橋から1番目の宿場町)があったところですが、小塚原刑場があったためか暗いイメージがあります。

しかし、歩いてみると多くの素晴らしい史跡があることに驚かされます。過去を通して現在を生きる私達を考える機会を与えてくれる場所ですし、旧日光街道沿いは情緒あふれる光景が見られます。

まず、荒川区の南千住からの出発です。

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(松尾芭蕉像)
南千住駅を出ると、広場に松尾芭蕉の像があります(写真上)。松尾芭蕉が奥の細道の旅へと出立したことが記されています。実は足立区の北千住にも松尾芭蕉の像があり(写真下)、足立区は北千住から出立したと主張しています。どちらが正しいか今でも論争があるようです。

(荒川区南千住の芭蕉像)
南千住 芭蕉像

(足立区北千住の芭蕉像)
北千住 芭蕉像

荒川区の人は、南千住の芭蕉のほうがハンサムだと言っているそうですが・・・。確かに見比べると南千住のほうがハンサムです(笑)

松尾芭蕉は幕府のスパイで、旅をしながら諜報活動をしていたという説があります。私としてはそちらの方に関心がありますが・・・。

(回向院)
両国の回向院が有名ですが、南千住の回向院は両国の別院でした。ご存知のように、小塚原刑場での刑死者を供養するために創建されたお寺です。

回向院  小塚原刑場

刑死者の解剖(腑分け)に立ち会い、「解体新書」を翻訳することになったことを記念した記念碑(観臓記念碑)が入り口にあります。日本の近代医学の出発地ですね。
解体新書記念碑

安政の大獄で刑死した橋本左内、吉田松陰らのお墓もあります。

二・二六事件決起者の一人であり刑死した磯部浅一の墓もあるので不思議に思っていましたが、これは吉田松陰と同じ山口県出身の磯部浅一が生前、「吉田松陰先生のそばに埋めて欲しい」と望んでいたため、この回向院にお墓があるそうです。

私を捨てて信念に生きて亡くなった方々ばかりのお墓を目の前にして、身が引き締まる厳粛な思いに包まれました。

また、昭和史に残る誘拐事件である「吉展ちゃん事件」の被害者のために建てられた吉展地蔵尊も入り口にあります。

(円通寺)
曹洞宗のお寺で、その歴史は古く延暦10年(791年)の創建と言われています。

円通寺

ここは、彰義隊のお墓があります。上野戦争の戦いの後、彰義隊の隊員の遺体は新政府に慮って放置されたままになっていましたが、それを見かねた円通寺の住職(佛麿和尚)が三河屋幸三郎(御用商人)とともに彰義隊の遺体を供養し、このお寺に埋葬しました。

当時の新政府軍に敵対していた彰義隊の遺体を埋葬するには、どれほどの勇気が必要だったでしょうか。身の危険を顧みず遺体を埋葬したのだと思います。

回向院・円通寺とも大義に生きた人たちが関係したお寺で、一度はこの2つのお寺にお参りして、現在と過去に思いを馳せることも大事かと思います。

また、彰義隊の隊員を埋葬した縁もあり、ここには上野寛永寺の黒門が移築されています。写真をよく見ると多くの穴がありますが、これは鉄砲の弾の跡です。当時の戦いの激しさが伺われます。

円通寺 黒門

この円通寺は、吉展ちゃん事件の被害者の遺体発見現場としても知られています。 (続きます)

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プロフィール

カツQ

Author:カツQ
リタイアして3年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に株式投資と東京散歩で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、地形や歴史・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

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