お茶の水→水道橋散策(3):駿河台/ニコライ堂/太田姫稲荷神社/ウィリアム・メレル・ヴォーリス
- 2018/08/23
- 09:51
前回、前々回は聖橋を渡り、湯島聖堂と神田明神を散歩しました。
今回は、聖橋に戻って神田駿河台界隈を散策してみます。
(太田姫稲荷神社元宮)
聖橋に戻って、もう一つの「聖」である「ニコライ堂」に向かいますが、その前に聖橋交差点を左に曲がってみましょう。
道路脇に木にしめ縄を張り、「元宮」の神札が掲げられている場所があります。

これは、東京大仏を見に行く(最終回)で、痘瘡(天然痘)関連の史蹟としてご紹介した太田姫稲荷神社があった場所で、総武線の拡張工事により移転した跡が残されている場所です。
また、痘瘡(天然痘)については、天然痘撲滅について思うこと:お釈迦様が悟った「生老病死」のタイトルで記事を書いたこともあります。
移転先の神社は神田駿河台にありますので、後で訪問します。
☆☆☆
(ニコライ堂)
ニコライ堂(正式名称は「東京復活大聖堂」)まで歩きます。

本ブログで何回も出てきた建築家ジョサイア・コンドルが工事監督をしたと説明書きに書かれています。

聖堂には拝観献金300円を払えば見学することができます。
(太田姫稲荷神社)
ニコライ堂の後は、中央大学駿河台記念館や日大理工学部のある池田坂を進むと、先程訪れた「太田姫稲荷神社元宮」が遷座した「太田姫稲荷神社」があります。

東京を散歩していると頻繁に出会う太田道灌に関係する神社ですが、
この「太田姫稲荷神社」について、Wikipediaから引用します。
(メンタムと山の上ホテル)
JR御茶ノ水駅水道口に向かう明大通りを歩きます。
この明大通りに、「近江兄弟社メンターム」という看板を掲げたビルがあります。滋賀県に本社を置く「近江兄弟社メンターム」の東京営業所です。

日常的によく知られている「メンタム」(正式には「メンソレータム」)を製造・販売している「近江兄弟社メンターム」は調べてみると面白い会社です。
同社のHPによれば、
とあります。
同社の創業者はアメリカ人のウィリアム・メレル・ヴォーリスですが、この人も大変興味深い人物で、
同人は「キリスト教伝道者」「実業家」「建築家」として多方面で活躍した人物です。
華族の令嬢と結婚し、日本国籍を取得し「一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)」と名乗り、
連合国軍司令官ダグラス・マッカーサーと近衛文麿との仲介工作に尽力したことでも知られています。
さて、ウィリアム・メレル・ヴォーリスは建築家としても活躍しましたが、彼が設計した「山の上ホテル」がこの近くにあるので行ってみましょう。
「山の上ホテル」です。英語名は直訳の「HILLTOP HOTEL」と書かれています。

日本におけるクラシック・ホテルの一つであり、アール・デコ調のシンプルな造りになっています。
(大久保彦左衛門屋敷跡)
港区白金・広尾・プラチナ通り(2)で書いた天下の御意見番「大久保彦左衛門」の屋敷跡が、明大通りに面する杏雲堂病院の植え込みにあります。

次回は水道橋に向かって散歩をします。
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今回は、聖橋に戻って神田駿河台界隈を散策してみます。
(太田姫稲荷神社元宮)
聖橋に戻って、もう一つの「聖」である「ニコライ堂」に向かいますが、その前に聖橋交差点を左に曲がってみましょう。
道路脇に木にしめ縄を張り、「元宮」の神札が掲げられている場所があります。


これは、東京大仏を見に行く(最終回)で、痘瘡(天然痘)関連の史蹟としてご紹介した太田姫稲荷神社があった場所で、総武線の拡張工事により移転した跡が残されている場所です。
また、痘瘡(天然痘)については、天然痘撲滅について思うこと:お釈迦様が悟った「生老病死」のタイトルで記事を書いたこともあります。
移転先の神社は神田駿河台にありますので、後で訪問します。
☆☆☆
(ニコライ堂)
ニコライ堂(正式名称は「東京復活大聖堂」)まで歩きます。


本ブログで何回も出てきた建築家ジョサイア・コンドルが工事監督をしたと説明書きに書かれています。

聖堂には拝観献金300円を払えば見学することができます。
(太田姫稲荷神社)
ニコライ堂の後は、中央大学駿河台記念館や日大理工学部のある池田坂を進むと、先程訪れた「太田姫稲荷神社元宮」が遷座した「太田姫稲荷神社」があります。

東京を散歩していると頻繁に出会う太田道灌に関係する神社ですが、
この「太田姫稲荷神社」について、Wikipediaから引用します。
社伝によると、室町時代中期に太田道灌の娘が天然痘(疱瘡)に罹って生死の境をさまよい、京都の一口稲荷神社(いもあらいいなり)が小野篁にまつわる縁起により天然痘に霊験があると聞いた道灌が一口稲荷神社に娘の回復を祈願したところ、天然痘が治癒したという。道灌はこのことに感謝し、長禄元年(1457年)に一口稲荷神社を勧請して旧江戸城内に稲荷神社を築いたとされる。
(Wikipediaより、太字は筆者)
(メンタムと山の上ホテル)
JR御茶ノ水駅水道口に向かう明大通りを歩きます。
この明大通りに、「近江兄弟社メンターム」という看板を掲げたビルがあります。滋賀県に本社を置く「近江兄弟社メンターム」の東京営業所です。

日常的によく知られている「メンタム」(正式には「メンソレータム」)を製造・販売している「近江兄弟社メンターム」は調べてみると面白い会社です。
同社のHPによれば、
創業者ウィリアム・メレル・ヴォーリス(William Merrel Vories)の精神を継承する株式会社近江兄弟社では、事業を通じて社会奉仕をしていくという経営方針のもと、医薬品、医薬部外品・化粧品の製造販売メーカーとして歩んでまいりました。
(近江兄弟社メンタームHPより)
とあります。
同社の創業者はアメリカ人のウィリアム・メレル・ヴォーリスですが、この人も大変興味深い人物で、
同人は「キリスト教伝道者」「実業家」「建築家」として多方面で活躍した人物です。
華族の令嬢と結婚し、日本国籍を取得し「一柳米来留(ひとつやなぎ めれる)」と名乗り、
連合国軍司令官ダグラス・マッカーサーと近衛文麿との仲介工作に尽力したことでも知られています。
さて、ウィリアム・メレル・ヴォーリスは建築家としても活躍しましたが、彼が設計した「山の上ホテル」がこの近くにあるので行ってみましょう。
「山の上ホテル」です。英語名は直訳の「HILLTOP HOTEL」と書かれています。


日本におけるクラシック・ホテルの一つであり、アール・デコ調のシンプルな造りになっています。
(大久保彦左衛門屋敷跡)
港区白金・広尾・プラチナ通り(2)で書いた天下の御意見番「大久保彦左衛門」の屋敷跡が、明大通りに面する杏雲堂病院の植え込みにあります。

次回は水道橋に向かって散歩をします。
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