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天然痘撲滅について思うこと:お釈迦様が悟った「生老病死」

今日は、いつもの「踏ん張り投資」「東京散歩」とは離れて、日々思うことのカテゴリでお話をしたいと思います。

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東京大仏を見に行く(最終回)で、赤塚氷川神社境内にあった「痘瘡碑」について書きました。

その「痘瘡碑」の写真と記事を再掲します。
痘瘡碑


痘瘡、つまり天然痘のことですが、江戸時代には大変恐れられた病気でした。数十年おきに大流行して多くの命を奪ったそうですが、仮に生き残ったとしても全身に醜い「あばた」が残り特に若い女性にとっては辛い病気でした。
(東京大仏を見に行く(最終回)より)



長年に渡り人類を苦しめ続けた天然痘は種痘による予防接種により世界中で感染が減少し、ついに1980年に、WHO(世界保健機関)は地球上での天然痘撲滅宣言を発するに至りました。

興味深いのは、この天然痘撲滅と前後して、未だに完治・治癒が困難なエイズが世界的に流行し始めたことです。

天然痘撲滅宣言1年後の1981年にエイズ患者が最初に米国防疫センター(CDC)で報告され、日本では1985年に初めてエイズ患者が報告されました。

人類の長年の悲願であった天然痘を撲滅した時期と前後してエイズが流行し始めたことに、私は偶然とは思えない不思議さを感じます。


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ここで思い出されるのが、お釈迦様が悟ったと言われる「生老病死」の言葉です。

お釈迦様は「生きること」「老いること」「病を患うこと」「死ぬこと」は人間が持って生まれた「苦」であると悟ったということですが、私はこの「生老病死」の存在は人生の普遍的な真理だと思っています。

そして、「生老病死」を否定的に考えるのではなく、それを所与の前提として考え、その範囲内で精一杯生きていくことが「人生」なのではないかと思うのです。

もちろん、この世から「病」を少なくしようと努力することはいいことだし、「病」の苦しみを軽減するよう努力しなければならないと思いますが、「病をこの世からなくそう」「なくすべきだ」などと考えるから苦しくなる面もあると思います。

そうでなくて、「病と共存する」術も身につけていく努力も必要ではないでしょうか。

抗生物質を多用することによって、耐性菌が蔓延し、ついに「抗生物質が効かない」時代がやってくるかもしれないとも言われていますが、「病をなくそう」という考えが却って「病を増やす」というおかしな方向に行ってしまうこともあると思います。

同じことは「生きること」「老いること」「死ぬこと」にも当てはまると思います。なくそうと思ってもなくせるものではないし、なくそうというような不遜な考えを持つと却って苦しみが増すものだと思います。

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プロフィール

カツQ

Author:カツQ
リタイアして3年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に株式投資と東京散歩で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、地形や歴史・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

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