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柴又を歩く(4)(最終回):古代遺跡・柴又八幡神社

「柴又を歩く」シリーズの最終回になりました。今回は、柴又の古代・中世との関係の深さと柴又の多様性を少しでもお伝えできればと思っています。


(柴又は古戦場だった)

江戸川土手を下ると、有名な「矢切の渡し」があり、細川たかしの歌った歌詞を刻んだ歌碑があります。

その歌碑に行く手前に、「古代の遺跡と古戦場」というタイトルの説明板がありました。貴重な説明板なのですが、ところどころ削られていてよく読めませんでした。イタズラなのかどうか分かりませんが、大変残念な気持ちになりました。

江戸川を挟んだこの土地で、450年ほど前の戦国時代に小田原の後北条氏と安房の里見氏が戦い、北条氏の勝利に終わりました。「国府台合戦」と呼ばれており、大正時代の河川改修の時に当時の武器や刀が多数発見されたそうです。


(源頼朝も渡ったからめきの瀬)

江戸川のこの付近には「からめきの瀬」(または「がらめきの瀬」)という場所があります。

引き潮の時に、川床の岩盤が露出し対岸まで渡れるそうです。

源頼朝が石橋合戦で破れた後、房総半島で再起を図って武蔵国に入り鎌倉入りする際、この「からめきの瀬」を渡ったらしいです。また、国府台合戦のときには、北条氏がこの「からめきの瀬」を渡って攻めたとのことです。

平安時代に書かれた更級日記の作者がこの江戸川の「からめきの瀬」を渡ったという説もあるようです。

東京都心では味わえない古代・中世の情景を感じながら江戸川を歩くのもいいのではないでしょうか。


(柴又に古墳があった)

柴叉駅から徒歩数分のところに柴又八幡神社があります。
かなり古い神社と思われますが、創建年代は不明です。
柴又八幡神社


この柴又近辺が古戦場で激しい戦いがあったため、史料が失われてしまったようです。

しかし、この八幡神社には古墳が発見されていますので、古代にまで遡る古い神社と考えていいかと思います。

神社の入り口に「柴又八幡神社の古墳石室」という説明板があり、この説明板によれば
「東京低地では石室を伴う古墳は本例のみで、この地域での古墳文化を研究するうえで貴重な考古学資料」とのことであり、柴又の歴史の古さがここでも示されています。

神社裏に石室がありますが、その石室の写真です。
石室


石室の石は房総半島の鋸山の石と同じものだそうで、古代から盛んな交易が行われていたことを伺わせます。(鋸山はかって良質な石材の産地で、その石材は房州石と呼ばれていました)

古墳のあった場所に、寺社が建てられることはよくあります。上野の寛永寺には摺鉢山古墳がありますし、芝増上寺には芝丸山古墳があります。

古墳のある場所は高台の環境の良い場所ですので、このような場所を選んで神聖な建造物を建てたと考えられます。古代からのパワースポットですね

なお、平成13年に発掘した際、帽子をかぶった寅さんに似た「寅さん埴輪」が見つかったのですが、その見つかった日は寅さんを演じた渥美清の命日と同じ8月4日だったそうです。

これで、柴又のシリーズは終わります。
長い間、お読みいただきありがとうございました。

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Author:カツQ
リタイアして3年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に株式投資と東京散歩で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、地形や歴史・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

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