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柴又を歩く(1):柴叉駅・寅さん像

葛飾区の柴又と言えば「男はつらいよ」の寅さんですが、柴又は古い歴史を持っている町でもあります。
今回はこのような重層的な厚みのある柴又を見ていきたいと思います。

今回は3~4回ほどのシリーズになりそうです。


(柴又駅)

京成柴又駅は、関東地方の特徴ある100の駅の一つとして、東京駅、上野駅とともに認定されている駅で、そのプレートが改札口を出たところに掲げられています。

寅さん像と最近建てられたさくらの像以外は何の変哲もないローカルな駅ですが、「男はつらいよ」の雰囲気を配慮した瓦葺きの屋根の駅舎が選定理由だそうです。確かに屋根が瓦葺きになっていますね。
柴又駅



江戸時代から明治にかけて、この柴又では瓦の製造が盛んでした。江戸川で取れる粘土が瓦の製造に適していたことや江戸川の水運輸送を利用できたことが大きな理由だそうです。

そのような柴又の歴史を踏まえ、「男はつらいよ」の山田洋次監督と相談して、瓦葺きの駅舎にしたそうです。


(寅さんは何故悲しい顔をしている)

駅前の寅さんの顔を見てください。悲しい顔をしていますね。何故でしょう。
寅さん像



寅さんは柴又に帰ってくる時は江戸川土手から意気揚々と楽しげに帰ってきますが、騒ぎを起こして京成柴又駅で悲しい顔をして去って行くのが定番になっています。

ということで、柴又駅前の寅さんは悲しい顔をしているのだそうです。その悲しげな寅さんはさくらの像を見つめています。お別れのシーンでしょうか。

今回の私達は寅さんとは逆に、柴又駅から江戸川土手に向かって歩きます。


(柴叉駅の「点」は何?)

柴又駅の写真をもう一度見てください。「柴又駅」でなく「柴駅」と書かれていますね。なぜでしょう。

調べてもよく分からなかったのですが、柴又の古代の地名「嶋俣(しままた)」に由来すると思われます。

これについては、このシリーズ後半の「柴又と古代」で詳しく書きたいと思います。


(人車鉄道)

寅さん像の後ろに、電柱を細くしたような柱が立っていますが、火消しの纏(まとい)をモニュメントにしたものだそうです。

このモニュメントの4面に、柴又の歴史について簡潔な説明が書かれていて興味深いのですが、その中に珍しい「人車鉄道」について説明がありましたので、ご紹介します。

明治32年(1889年)、葛飾に人車鉄道という珍しい交通機関が誕生した。常磐線金町駅前から柴又・帝釈天までの約1.4キロをハッピ姿の押夫が定員6名の人車を汗をふきふき押すという、のんびりした乗り物であった。
庚申の日には、1万3千人余人を乗せた記録が残っている。
(柴又駅前の説明板より)


60日おきに巡ってくる庚申の日は、柴又帝釈天の参拝の日で多くの人でにぎわったそうですが、定員6名の人車で1万3千人余人を乗せたとは途方もない数ですね。 (続きます)

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カツQ

Author:カツQ
リタイアして3年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に株式投資と東京散歩で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、地形や歴史・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

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