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史跡の宝庫(2):南千住・北千住を訪ねる

(千住製絨所跡)
回向院・円通寺の2つのお寺の後は、「千住製絨所(せんじゅせいじゅうしょ)跡」(南千住6丁目)を訪れました。

千住製絨所跡

「製絨(せいじゅう)」という言葉、聞き慣れない言葉ですが「毛織物を製造すること」だそうです。

日本最初の近代的毛織物工場で、近代的な工場は荒川区から始まりました。
今は煉瓦の壁が残っているだけですが、明治12年(1879年)に作られた当時は広大な土地に建てられていたそうです。

千住製絨所 煉瓦塀

この煉瓦塀のある敷地は大手スーパーマーケットの所有地ですが、ご厚意で残してくれたそうです。残していただけなければ永久にこの歴史的遺産が失われていたわけでありがたいことです。

(素盞雄神社)
次に素盞雄神社(すさのお神社)を訪れました。


ここも歴史は大変古く延暦14年(795年)に創建されたとされています。

素盞雄神社

円通寺の創建が791年ですから、ほぼ同じ時期に創建されています。
古道概説(1)で書きましたが、東京にも古代・中世の史跡は多く残っており、この千住地域は奈良時代に通じる歴史があるようです。平城京とこの荒川地域を結ぶ古道があり、人の行き来があったのかと想像すると大きなロマンを感じます。

ここにも多くの史跡がありますが、おもしろい史跡(正確には史跡ではありませんが)がありました。下の写真です千住大橋に見立てた木の親柱に綱が巻かれていますが何だと思いますか?

素盞雄神社 綱引き

これは、江戸時代に千住大橋を中にして、壮大な綱引きが行われていたことを示しているそうです。江戸時代から綱引きがあったんですね。

(千住大橋)
隅田川にかかる千住大橋です。ここを渡ると足立区です。
千住大橋は徳川家康が江戸入城後はじめて架けた橋、隅田川に最初に作られた橋としても有名です。

千住大橋

「千住」という一体感を持った地域が隅田川を隔てた足立区と荒川区にあることが不思議だったのですが、この「千住大橋」がその一体感を作るのに大きな役目を果たしたと思います。

南と北で綱引き大会が行われていたぐらいですからね。

(旧日光街道)
橋を渡り日光街道をしばらく歩くと、日光街道は左にカーブしますが、右手に細い道があります、これが旧日光街道です。

旧日光街道の入り口には、前回の「史跡の宝庫(1) 南千住 北千住」でご説明した松尾芭蕉の像が建っています。

北千住 芭蕉像

やっちゃ場の碑があります。「やっちゃ場」とは街道沿いにあった青物市場のことで、そのセリ市場の掛け声が「やっちゃ、やっちゃ」と聞こえたことから「やっちゃ場」と言われました。

やっちゃ場

(続きます)
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プロフィール

カツQ

Author:カツQ
リタイアして3年です。会社勤めの時にはなかなか作れなかった自由な時間を得て、主に株式投資と東京散歩で過ごしています(加えて、家事手伝いも)。
投資家としては、ファンダメンタル分析がろくにできず、メンタルも弱いダメ投資家ですが、踏ん張って自分なりの投資(損切りしない株式投資)のやり方を探しています。
東京散歩は健康維持も兼ねながら、地形や歴史・古道・暗渠を通して見た街角散歩をしています。東京の奥深さを少しでも伝えたいと思っています。

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